伊藤 康一郎 【略歴】
伊藤 康一郎/中央大学法学部教授
専門分野 刑事法学
しかし実は、その後、メディアではあまり報道されないが、日本の犯罪は減りだした。刑法犯認知件数は、2002(平成14)年をピークとして、以後、毎年減少を続け、2012(平成24)年(犯罪白書でデータが得られる最新年)には201万5,347件にまで減った。この10年間で、日本の犯罪は、45.4パーセント減少したことになる。
犯罪白書の図が示すように、2002(平成14)年を頂点とする、その前後の急激な上り下りのさまは、まさに遊園地のジェットコースターのごとしである。
そこで、おそらく誰しも思うのは、なぜ、こんなジェットコースター型の急激な増減が生じたのか、ということだろうが、そして、私が専門とする「刑事政策」、あるいは「犯罪学」という学問は、まさに、そうした問いに答えるために存在する学問なのだが、じつは、その問いに明快な答えを示すことは難しく、専門の研究者の間でも、その問いに対する答えはさまざまに分かれている。
まず、このジェットコースター型の増減の前半期、すなわち、2002(平成14)年までの急増については、「掘り起し効果」説と「現実の増加」説とでも名付けられる、対立的な見解がある。
統計学的に見てここまでの急な増加は変である、その増加の多くは見掛けだけのものではないか、というのが「掘り起し効果」説の出発点。それではなにが、その増加の見掛けを作ったのか。そこで、この説が着目するのが、1999(平成11)年の桶川ストーカー殺人事件等に関する警察の対応(被害届の不受理等)への批判を受け、その後打ち出された、被害者からの相談への対応や被害届の受理の「積極化」という、警察の方針転換である。この説によれば、そうした警察の対応の変化が、それまでなら埋もれていた被害を「掘り起し」たのであり、この時期の認知件数(警察等に認知された犯罪の数)の増加の多くは、その「掘り起し」により作り出された見掛けだけのものだ、ということになる。
それに対して、後者の「現実の増加」説は、2002(平成14)年までの増加傾向が、そうした警察の対応の変化より前に始まっていたことを理由として、この時期の増加は、ただ見掛けだけのものではなく、多くは現実の増加によるものだとする。その現実の増加の原因として、この説が挙げるのは、同時期の日本における社会的・経済的な変化、なかでも特に失業率の上昇の影響である。
ジェットコースター型の増減の後半期、すなわち2003(平成15)年以降の急減についても、これと同じ形の見解の対立は存在する。まず、前半期の「現実の増加」説は、説明の一貫性を保とうとするならば、後半期については当然に「現実の減少」説となる。しかし、前半期については、ある程度当たっているようにも見えたこの説も、失業率の高止まりにもかかわらず、犯罪は減少を続けるという(この説にとっては想定外の)推移によって、失業率の影響というだけでは、自説を維持することが困難になっている。
また、前半期の「掘り起し効果」説は、後半期についても「変化は見掛けだけのもの」という説明を一貫させるならば、見掛け上、犯罪を減少させる、つまり「掘り起し」とは逆の効果を生む要因を探し出す必要がある。もちろん、後半期は「現実に減った」のだと前半期とは説を変える手もあるが、その場合にもやはり、では「なぜ減っているのか」という問いは残る。
犯罪減少の傾向は、じつは、日本だけの現象ではない。欧米諸国でも近年は、全般的に減少の傾向が顕著である。そこで当然、多くの国で多くの研究者が現在、では「なぜ減っているのか」と、いろいろ考えているのだが、決定的な答えは出ていない。興味のある方は、ぜひ、この学問の道に入り、この(まだ当分は解明されそうにない)謎解きゲームに参加されよ。