佐々木 信夫 【略歴】
佐々木 信夫/中央大学経済学部教授
専門分野 政治学
当分選挙はないと政治休戦の様相にあった政治の世界。しかし一転、正月早々から「首都決戦」が繰り広げられることになった。いま都知事のイスをめぐり激しい攻防が続いているが、しかし2年10ヶ月で3人もの都知事が交代する異常な状況だ。一昨年まで7年で7人も首相が代わる「日めくりカレンダー」のような国政だったが、今度は都政お前もか、である。2週間余の選挙に50億円もの公費が投入される都知事選。3回分だと町村の年間予算に当たる。これだけのコストをかけて選ぶ価値のある都知事なのか。実際、それにふさわしい人物が選ばれるのか。民主主義のコストとはいえ、どこか割り切れなさが残る。
一昨年10月、任期を2年半残し、我欲とも思える石原慎太郎(以下、敬称略)の「わがまま辞職」。しかも「あとは猪瀬君で十分だ」と後継指名までして都政を去った振る舞い。副知事から転じた猪瀬直樹は空前の433万票をえて知事に就任。石原の「2020五輪招致のたいまつを消すな」に忠実に従い、昨年9月には五輪招致を決めた。しかし、そこまでで事実上猪瀬都政は終わった。以後、徳洲会からの5000万円のカネをめぐり都政は空転し、服務規程違反、公選法違反疑惑が払拭できず、わずか1年で辞職。都政の歴史に大きな汚点を残すこととなった(図―1)。
図―1 戦後都知事の軌跡
「中央官僚が諸悪の根源、その打破を!」と掛け声勇ましく国政復帰を果たした石原だったが、鳴かず飛ばず。それより、この一連の石原ワンマンショーに翻弄された都政を都民はどうみているだろうか。
そうした経緯からの都知事選だが、まもなく投票日(2月9日)を迎える。16名の立候補者の中に元首相も含まれるなど従来にない展開だが、前例のない超高齢化、人口減少期に入る大都市東京をどうするか、熱い論戦が期待される。選挙戦後半で見えてきたのは、細川護煕vs舛添要一、細川・小泉元首相連合vs舛添・自公与党の一騎打ちの様相だ。
戦後8人目を選ぶ今回の都知事選だが、一昨年暮れの衆院とのダブル選を除くと、これまで4月の統一選に行われてきた。しかし今回、初の都知事選のみの選挙。○○都政継承でもなく、△△都政からの脱却でもない、単独の本格選挙である。はたして投票率はどうか。知事交代時の選挙は概ね55%が過去の例だが、今回それを大きく下回らないかどうか。今回、衆参で久しぶりに過半数を占めている「ねじれなき国政」の与党勢力が、その自信からか、めずらしく特定候補を全面支援する体制に入っている。だが、データで見る限り、鈴木俊一の初当選の時以来この30年余、政党候補はみな敗退している。また他県知事経験者が勝利した例もない。このジンクスが塗り換えられるのかどうか。無党派層が40~50%を占める東京の有権者の判断が注目される。
各候補の主張する争点は、社会保障、防災、五輪、原発是非の4つに絞られる。大都市東京の経済面、生活面、そして国際関係など首都のあり方を本格的に問う選挙だが、論争はかみ合っていない。東京一極集中など日本繁栄のルツボに見える東京だが、よく考えてみると、水も電気も食料も自ら供給能力を持たない“砂上の楼閣”といった脆さがある。首都直下型地震の襲来で壊滅する恐怖もある。超少子高齢化が医療、福祉、介護、保育などの需要を膨らませ、劣化する道路、橋、上下水、学校など社会インフラの更新に膨大な投資を要する。そして半世紀ぶりに2020東京五輪もあり、そのあり方も争点となる。本来なら、これに財政問題が加わるはずだ。
その中で、見方が分かれる争点が「原発問題」だ。原発・エネルギー政策は国策だから都知事選になじまない、という見方がある。果たして、そうだろうか。確かに供給サイドでみると、原発立地、稼働の有無、電力会社の許認可権は国にあり、国策と言える。しかし消費サイドで見た場合どうか。世界最大の電力消費地である大都市東京の知事選で原発問題から目をそらすことができるのか。3.11を経験しその放射能汚染と被害の深刻さ、原発廃炉と終末処理に掛かる費用の膨大さ、50年、100年以上子々孫々まで続く廃炉にかかる気の遠くなるような時間とコストを知るにつれ、生活者は大きな不安を抱えている。
政治の本当の役割は何か。長期展望に立った国家や大都市、地方都市のゆくえを見定め、そこで暮らす人々の安心、安全、快適な生活と生命・財産を守ることではないのか。
図―2 都政の振り子の原理
安倍政権は原発再稼働、原発輸出を促進する構えだが、それにストップをかけ、元首相連合で自然・再生エネルギーへの転換を叫び、それを阻もうという構図。前日弁連会長の宇都宮健児候補も同調する動き。こうした大都市経営のあり方が問われている争点に国民の1割を占める有権者がどう反応するか。日本全国のみならず、世界の目が注がれている。
国政と直結するテーマが争点化するのは、いつの時代も都知事選の宿命である。都政には都知事が交代するたびに、経済重視・ハード重点か、生活重視・ソフト重点かで振り子が左右に揺れてきた歴史がある(図―2)。経済重視・ハード重点の石原長期都政が終焉した今、私の見る限り、生活重視・ソフト重点への政策転換が求められているように思う。医療・福祉・介護・子育ても原発問題もインフラ更新も防災対策も五輪のあり方も、そうした視点で見ることができる。すると、どの候補の政策が時代に合っているか点検できるのではないか。
合議制の内閣を代表する首相より、1300万人から直接選挙され、13兆円、16万官僚組織を独任制で仕切る大統領型都知事の方が、権力的に強い面がある。全国への政策波及、国政への影響力、そして首都外交の担い手、日本の顔にもなる都知事に誰がふさわしいか。政治家、経営者、外交官の3つの条件を満たす人は誰か、賢明な選択が求められる。