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渡辺 岳夫

渡辺 岳夫 【略歴

人を導くアメーバ経営

渡辺 岳夫/中央大学商学部准教授
専門分野 会計学

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1.任せて任せっぱなしにしない

 ほとんどあらゆる企業組織には、「上司」と「部下」が存在する。通常、社長以外の組織のメンバーには「上司」がいるし、平社員以外には「部下」がいるであろう。このような階層的な関係から成り立つ組織においては、必ず上司は部下にある程度の仕事を任せている。上司が存在する以上、部下は仕事に関するすべてのことを自由に決められるわけではないが、自分で決められることも必ずある。運送会社の課長は、運転手達の目標やノルマの設定には関わるとしても、彼らが選択する細かいルートや、いつアクセルやブレーキを強く踏むか、といったことは当然任せているはずだ。もしそういったことまで、きっちり定めている課長がいたら…運転手達は息苦しくってたまらないであろうし、やる気を失ってしまうかもしれない。しかし、課長とすれば、任せっぱなしも不安であろう。最近は、アルバイトの悪ふざけ(バイトテロ)や社員の不祥事があとを絶たないし、そこまでいかなくても、もっと積極的にやる気をもって仕事に取り組んでほしいと願う経営者・管理者は世に多いのでは。部下に任せた事柄を、いかに会社の方針に沿う方向で、しかもやる気をもって遂行してもらえるか、このことは世の「上司」にとって永遠の課題といってもよいであろう。

 組織の上位者が、下位者に任せた事柄を望ましい方向に導くことを、マネジメント・コントロールという。このことの重要性は、いかに経営陣が素晴らしい戦略を考えついても、それを実現するために組織のメンバーたちが尽力しなければ何の意味もない、ということからも理解していただけると思う。実際に、実に多くの企業が、このマネジメント・コントロールをいかに適切に遂行するか、ということに腐心しているのである。

2.任せる経営としてのアメーバ経営

 現在、このマネジメント・コントロールを体系化した最も有名なシステムとして、アメーバ経営を挙げることができる。稲盛和夫京セラ(株)名誉会長が日本航空(JAL)を見事に再生したことは記憶に新しいが、その再生のプロセスにおいて、アメーバ経営というシステムが多大な効果を発揮したとされている。ここでは、そのエッセンスについて簡単に説明したい。

 まずはアメーバという名称の由来についてである。アメーバという単細胞の原生生物は、0.5ミリ程度のごく小さな生き物であり、環境の変化などに応じて、その形状を絶えず変化させ、分裂を繰り返すという特徴をもつ。そもそもアメーバの語源は、ギリシャ語の「変化」を意味する単語である。アメーバ経営では、組織の構成単位を「アメーバ」と呼ぶのだが、これが原生生物のアメーバと似ていて、少人数からなるごく小さな単位であり、その構成人数も絶えず変化するのである。トップダウンの定期的な人事異動で構成人数が変化するということではない。現場のアメーバのリーダーの自律的な判断に基づき、繁忙時に他のアメーバから人員を借り、比較的暇な時には他のアメーバに人員を貸し出すことで、各アメーバの構成人数が絶えず変化する。まさにアメーバのようなのである。

 ところで、見方を変えれば、アメーバのリーダーには、そのような人員の貸借を行う権限が上司から付与されているということでもある。上司からすれば、リーダーにはその任せている権限を望ましい方向に行使してもらいたいはずである。人員が必要な時に、必要な時間だけ貸し借りする。これである。次のようなことは、決してして欲しくないはず。あの人は給料が高いくせに、やる仕事は給料の安い若い者と変わらないから、ずっと他のアメーバに貸しておこうとか、早く仕事を終わらせたいから借りられるだけの多くの人員を借りてしまおうとか、あそこのアメーバは成績がいいから嫌がらせのために人を貸すのを止めようとか。しかし、組織は実に人間臭い人間の集団である。そういった事態が起こらないとも限らない…。上司が貸し借りを常に監視して、必要に応じて介入し命令を下せば、間違いは起こらないであろう。でも、それでは任せたことにならないし、アメーバのリーダーが不貞腐れて、やる気を喪失しないとも限らない。それは避けたい…。アメーバ経営では、上記のような人員の貸借権限のほかにも、実に多くの裁量権がアメーバ・リーダーに委譲されている。そこでは、どのようにリーダーを導いているのであろうか。

3.会計的なマネジメント・コントロール

 アメーバ経営では、実にうまいマネジメント・コントロールの仕組みが構築されている。まずは、各アメーバに課される目標の種類について触れなければなるまい。特に重視される目標は「時間当たり採算性」と呼ばれるものであり、売上から原価を差し引いて利益を算出し、その利益額を、アメーバを構成する人員が働いたトータルの時間数で割って算出される。これを見れば、そのアメーバではメンバーが1時間働くことでどの程度稼いだのか、ということが一目瞭然となる。営利企業であれば、この指標がどれほど大切かは、説明するまでもないであろう(注)。アメーバ経営でも、リーダーに大きな裁量権を移譲する半面、この時間当たり採算性の目標の達成は非常に重視されている。

 ところで、人員の貸し借りについてである。まず、上記の時間当たり採算性を算出する際の「原価」の範囲であるが、そこには「人件費」は含まれない。もし、含めてしまうと、給与の高いメンバーは貸し借りの対象になりにくくなり(高いメンバーが来ると原価が増え、採算性が低下してしまうから)、安いメンバーだけチヤホヤされ、組織内の人間関係はぎすぎすしてしまうであろう。この「人件費」の原価不算入という会計処理は、人員の流動性の低下を防ぐとともに、「人はコストに非ず」というメッセージを社員に伝達し、経営に対する信頼感を高めることにもつながるのである。

 さらに、人を借りた場合には、その借りた人間が働いた時間を、借りた先のアメーバの時間数としてカウントすることにしているので、必要以上の人員を借りてしまえば、その分時間当たり採算性は悪化してしまう。逆に、暇の時に、余剰の人員を他のアメーバに貸すことができれば、貸した先のアメーバに時間を負担させることができるので、結果として時間当たり採算性は向上することになるのである。以上のような会計処理を通じて、必要な時に、必要な数だけの人間を貸し借りする、といった望ましい方向に導くことができるのである。

4.理念的なマネジメント・コントロール

 ただし、アメーバのリーダーらが、時間当たり採算性の向上に強くコミットしなければ、そのような会計的な仕組みも絵に描いた餅である。アメーバ経営では、特に、採算性の目標を達成してもボーナスが増えるわけではない。どうやら金銭的なインセンティブをチラつかせて、導こうとしているわけではないようだ。では、どうやって?

 実はアメーバ経営を語る上では、欠かせないキーワードがある。「経営理念」である。京セラの経営理念(フィロソフィ)を見てみると…「燃える集団」、「使命感」、「誰にも負けない努力」、「情熱を持ち続ける」、「あえて能力以上の目標を設定」、「強烈な目標意識」といった勇ましいワードが次から次へと出てくる。そして、京セラでは、この理念の浸透に膨大な時間を費やしており、結果として…この理念に共鳴した組織成員は自ら、採算性の目標達成に強くコミットするようになる、とされている。

5.まだまだ道半ば

 以上のようにアメーバ経営について述べてきたが、なぜそれが「人を導くことができるのか」については、まだまだ分からないことばかりなのである。会計の仕組みや理念の浸透活動などを実にうまくシンセサイズしたシステムなのだけれども…。上記の理念によるコントロールの箇所をご覧になられて、「本当? それで目標にコミットさせることができるの?」と思われた方も多いのではなかろうか。

 小職あるいは小職のゼミでは、その「本当?」という疑問の答えを探すべく、日ごろ研究に精進している。いつかここでその答え披瀝することができる日が来れば、と思っている。

(注)製造部門のアメーバにどのように売上を設定するのかについては、紙幅の関係上、ここでは説明できないので、アメーバ経営の書物・論文等をご覧いただきたい。

渡辺 岳夫(わたなべ・たけお)/中央大学商学部准教授
専門分野 会計学
東京都出身。1968年生まれ。1990年中央大学商学部卒業。
1993年中央大学大学院 商学研究科 博士前期課程 修了。
1997年中央大学大学院 商学研究科 博士後期課程 単位取得退学。
岡山大学 経済学部 専任講師・助教授を経て2007年より現職。
研究課題は、会計学と心理学の関係性の究明(アメーバ経営など管理会計の仕組みとモチベーションの関係などを実証的に明らかにしようとしている)である。
また、主要論文に「アメーバ経営システムにおける会計処理の構造の探究」(『会計プログレス』第14号,pp.54-67,2013年)や「影響システムとしての管理会計研究の新地平:ポジティブ心理学との融合を目指して」(『原価計算研究』第37巻第1号,pp.1-15,2013年)などがある。