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畑尻 剛

畑尻 剛 【略歴

憲法の規範力と連邦憲法裁判所

畑尻 剛/中央大学法学部教授
専門分野 憲法学

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1 フライブルクと「憲法の規範力」

 私は、現在、在外研究のためドイツ連邦共和国南西部、人口22万のうち2万7000人が内外の学生という大学都市フライブルクに滞在している。私たち憲法研究者にとってフライブルク大学は、戦後ドイツ憲法学の泰斗の一人で連邦憲法裁判所の裁判官も務めたコンラート・ヘッセ(K.Hesse)が永く教鞭をとった大学としても有名である。そしてそのヘッセの主著の一つが『憲法の規範力』。その中で、憲法がたんに政治的な綱領に終わることなく誰もが遵守すべき法として現実を規律する力(憲法の規範力)をもつためには何が必要かが語られている。

2 連邦憲法裁判所

 「ドイツが作った制度で最後まで残るのは、プロイセンの参謀本部と憲法裁判所である」という言葉が示すように、第二次世界大戦後の違憲審査制の急速な発展・拡大において、ドイツの連邦憲法裁判所はアメリカ合衆国の最高裁判所とともに常に他の国々にとって手本となっている。

 当地にきて、その存在の大きさをあらためて実感した。ドイツでは連邦憲法裁判所(その所在地から、カールスルーエと別称される)が日常的にメディアに登場する。それも判決が下されたということだけではなく、口頭弁論が開かれて関係者が意見を述べたとか、長官のフォスクーレが政府の政策に注文をつけたとか、さまざまな話題には事欠かない。ちなみに、たまたまつけたラジオの「今日は何の日」は、「連邦憲法裁判所のイスラムスカーフ事件判決から10年」であった(9月24日)。連邦憲法裁判所がドイツの政治過程にしっかり位置づけられていることを肌で感じることができる。

3 連邦憲法裁判所に関する世論調査

 ここに連邦憲法裁判所に関する世論調査がある(Frankfurter Allgemeine Zeitung vom 22. August 2012)。その調査結果の中から興味深い数字をいくつか紹介する(一部編集)。

1)憲法裁判所がドイツの政治過程に対してどの程度の影響力をもっていると考えますか。
①(非常に)大きい:66%、②中ほど:25%、③(非常に)小さい:8%、④わからない・無回答:1%。

2)あなたはどうみますか。憲法裁判所の影響力は私たちにとって、
①大きすぎる:5%、②小さすぎる:14%、③ちょうどよい:56%、④どちらともいえない:25%。

3)あなたは以下の意見のどちらに賛成しますか。
①連邦政府の決定が基本法に適合しない場合に憲法裁判所がそれを拒否できることはよいことであると思う。このようなコントロールは法治国家において不可欠です:82%
②憲法裁判所が政府や連邦議会の法律議決を無効にする力をもつことはいいことではない。これは政治的決定であって裁判所にゆだねるべきものではない:8%
③どちらともいえない:10%。

4)憲法裁判所は、状況を十分に審査できるようにするためにユーロ救済に関する訴訟に十分な時間をかけると通告しました。憲法裁判所がその判決に十分な時間をかけることは正しいと思いますか、あるいはこのような現今の危機において裁判所はできるだけはやく判決を下すべきだと思いますか。
①十分な時間をかける:59%、②迅速に判決を下す:26%、③どちらともいえない・無回答:15%。

5)あなたは憲法裁判所をどの程度信頼しますか。
①非常に信頼する・相当程度信頼する:75%、②あまり信頼しない・全く信頼しない:24%、③無回答:1%。

6)憲法裁判所の裁判官は市民の価値秩序と意見に広範に一致していると感じていますか。
①見解は広範に一致している:43%、②大きな亀裂がある:19%、③どちらともいえない:38%。

7)「このリストには国家あるいは社会の様々な組織・制度が記載されています。このリストにあるすべてについてお答えください。あなたは以下のいずれについてどの程度信頼しますか。」という問いに対して、「非常に(強く)信頼する」とされたものの順位
①基本法(78%)、②連邦憲法裁判所(75%)、③連邦大統領(63%)、④連邦参議院(41%)、⑤連邦議会(39%)、⑥連邦政府(38%)、⑦欧州委員会(22%)、⑧政党(17%)。

4 世論調査からみえるもの

 これをみると、連邦憲法裁判所に対する国民の信頼がいかに高いかがよくわかる。そしてこの信頼の高さがドイツの憲法である基本法に対する信頼の高さに由来するものであるということを行間から読み取ることができる。憲法裁判所に対する国民の信頼と受容は、その判決に対する国民の信頼と受容に依拠し、判決に対する国民の信頼と受容は、判決で基準となる憲法に対する国民の信頼と受容に依拠するからである。

 憲法が現実の政治、経済、社会問題を判断する上で一つの基準として機能し、国家行為を常に憲法を基準として判断するという行動様式が国民によっても国家機関によっても承認されている。当地ではこのことを実感することができる。

 わが国では現在、憲法改正をめぐる議論が活発である。憲法改正をめぐる議論の前提としてまず確認されるべきは、この、「憲法を基準にして国家行為を判断するという行動様式」、言葉をかえれば「憲法の規範力」を承認することである。憲法に対する高い信頼があり、その番人である憲法裁判所に対する信頼がそれに続くというドイツの世論調査の結果はこのことの重要さを何より物語っているように思われる。

畑尻 剛(はたじり・つよし)/中央大学法学部教授
専門分野 憲法学
和歌山県出身。1950年生まれ。1975年中央大学法学部法律学科卒業。1982年中央大学大学院法学研究科博士課程満期退学。法学博士(中央大学)。2004年より現職 なお、2005年―2012年は法科大学院教授を併任。
現在の研究課題は、「憲法の規範力」を確保し強化するためには何が必要かを違憲審査を中心に日独比較法研究によって明らかにすること。
主要著書に、『憲法裁判研究序説』(尚学社、1988年)が、また、最新刊としては、畑尻剛・工藤達朗編『ドイツの憲法裁判(第2版)』(中央大学出版部、2013年)とドイツ憲法判例研究会編(編集代表:戸波江二・畑尻剛)『憲法の規範力と憲法裁判』(信山社、2013年)がある。