原田 喜美枝 【略歴】
原田 喜美枝/中央大学商学部教授
専門分野 金融論、金融監督、証券化
日本は諸外国に例をみないワイン特殊国である。日本で造られているワインの9割は輸入濃縮果汁(ジュースの原料と同じもの)に水を添加して造られている。しかし、世界の多くの国ではワインを造る際に水を使うことは禁止されている。葡萄には酵母が付着しているので葡萄があれば普通はワインを造ることができるし、葡萄に含まれる糖分を酵母が食べてアルコールと二酸化炭素に分解するため、糖分や酵母を加えなくても葡萄の糖分がアルコールに変化する。主なワイン生産国では補糖に厳しい制限を設けているが、日本ではワインを造る際に糖分が加えられることも多い。1
輸入した濃縮果汁にアルコールや水等を添加して造られるワインは、“日本で造った”ということで“国産ワイン”と謳われている。日本の“国産ワイン”は不思議な代物である。日本で栽培された葡萄ではなく、濃縮還元されたジュースである輸入原料を使用したワインが「日本で作られた(瓶詰した)」ワインということで“国産ワイン”として流通している。国内産葡萄を使っていない“国産ワイン”の誕生である。
ワインとは葡萄の果汁を発酵させたアルコール飲料である。通常、葡萄から造られたものだけをワインと呼ぶが、日本では他の果実から造ったものでもワインと名がついていることが多い。リンゴワイン、マンゴーワイン等である。こういった他の果実を原料として造られたアルコールは海外ではワインは呼べないことが多い。諸外国では認められていない原料(水や他の果実)が利用できること、輸入原料を使っていても国産と表示できることは日本のワインを代表する特殊性である。なぜ日本のワインは特殊なのだろうか。
答えは、日本にワイン法がないため、である。ワインを生産・輸出しているほとんどの国にはワイン法があり、法律により原料産地や葡萄品種等多くのことが規制されている。
日本にはワイン法はなく、酒税法と食品衛生法で管理されている。酒税法(昭和15年の旧酒税法を全面改正する形で昭和28年に制定)ではワインは果実酒に分類される。マンゴーやリンゴを入れたものもワインと呼べるし、干しブドウや濃縮果汁から作った醸造酒であってもワインと呼んでもよい。法律上の酒(酒類)とはアルコール分1%以上の飲み物(飲料)のことを指すことため、アルコール度数についても諸外国のワインと異なることが多い。また、国内で醸造すれば“日本産”を表示しても法に触れないのである。
免許を含めた酒類全般に関する監督官庁は国税庁であり、国税庁の関心は酒税にある。残念ながら、ワインの醸造方法や添加物の是非等は問われない。
このような国産ワインの問題を放置するのは消費者誤認につながる、という認識はワインを造っている側にもある。ワイン表示問題検討協議会という自主規制組織があり、「国産ワインの表示に関する基準」を制定している。この自主基準では、輸入果汁を使って日本で醸造したワインを日本産(国内産)ワインと表記することを禁じている。しかし、残念なことに法的拘束力がない。1ボトル500円前後で販売される低価格帯ワインの多くは輸入した濃縮果汁をもとにした日本で醸造されたものといわれている。
グレシャムの法則と呼ばれる諺がある。「悪貨は良貨を駆逐する」というもので、世の中に価値の低い貨幣(悪貨、金の含有量が少ない金貨)が出回り始めると、価値の高い貨幣(良貨、金の含有量が多い金貨)が流通しなくなり(人々が保有することを選ぶため)、より価値の低い貨幣が流通するという法則である。
ワインは金貨とは違い、嗅覚と味覚でその良さが判断できる。日本でも良いワインを造ろうという試みは大勢の醸造家によって行われている。一部の自治体では独自の原産地呼称管理制度が始まっている。
ここ数年、日本で栽培された葡萄から(本来のワインを造る方法で)造ったワインという意味で“日本ワイン”という表現が使われ始めた。ワイン愛好家の間では、日本の葡萄で造られた高品質なワインは“国産ワイン”と呼ばれずに、“日本ワイン”と呼ばれるようになってきた。
良貨である“日本ワイン”は健在であるが、残念ながら、悪貨である“国産ワイン”に圧倒され、その存在感は薄く、日本のワインに対する“安くて美味しくない”イメージを払拭できずにいる。
小規模ワイナリー(製成数量100kl未満)で造られるワインの原料は99%が国産原料(日本で栽培された葡萄)である。ところが、大手メーカー(専業割合80%未満で製成数量500kl以上の8社)が造るワインではこの比率はわずか7%でしかない。残る93%のワインはどろどろに煮詰まった輸入濃縮果汁を利用して、水やアルコールを添加して造られている。
正当なワインを造る小規模ワイナリー数は、国税庁の調査では115社あるが、その規模は小さく、造られる量も少ない。大手メーカー8社が造るワインの量との比率でみれば、小規模ワイナリーが造るワインはわずか0.6%を占めるに過ぎない。大手メーカーが造るまがい物“国産ワイン”が日本市場を圧巻している。
近年、“日本ワイン”は世界的なコンクールで入賞を果たすようになってきている。日本のワインの消費量は年々増えている。良貨であるワインの生産が増え、市場に出回るようになるためには、“国産ワイン”と呼ばれる悪貨の流通について考える時期にきている。日本でもワイン法を制定しようという動きもある。今後の動きに注目したい。