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飯尾 淳 【略歴】
飯尾 淳/中央大学文学部准教授
専門分野 情報システム設計
コンピュータは、ソフトウェアがなければただの箱である。
どこまでも高度化する情報社会において、ソフトウェアの重要性はますます増している。
そのようなソフトウェアは人間によって編集されるソースコードに基づいて作成されている。
これまで、企業が開発したソフトウェアにおいては、ソースコードは知的財産として秘匿されることも多かった。ところが2000年代に入り、ソースコードを皆で共有するフリーソフトウェア(Free Software、FS)やオープンソースソフトウェア(Open Source Software、OSS)と呼ばれる種類のソフトウェアが、特段の注目を浴びるようになった。
OSSは、ソースコードを見ることができるだけが特徴ではない。
ソースコードにアクセスできるだけでなく、そのソースコードを改変することが許されている。さらには、改変したものを第三者に再配布することすら許可されているのである。このような性質により、インターネットを介して世界中の開発者がよってたかってソフトウェアを開発する「バザール型開発モデル」と呼ばれる開発手法が可能になった。
自由な再配布、コピーを許可していることから、その多くは無償で入手できる。無料であるがゆえに普及が進んだ面も大きいとはいえ、OSSが普及した重要なポイントは、エンジニアがすぐに試してみることができたこと、そして、修正・改変して利用する自由が残されていたことにある。
OSSの代表的な例として、Linuxというオペレーティングシステムを挙げよう。インターネットで提供されている様々なサービスを実現するプラットフォームとして、Linuxは圧倒的な支持を得ている。オペレーティングシステム上で動作するデータベースやネットワーク関連のミドルウェアにも、OSSとして提供されている多数のソフトウェアが存在する。
OSSの活用はいまやデータセンターの中だけに留まらない。スマートフォンの分野でiPhoneと二大勢力を分かち合うAndroidも、その中身はLinuxをベースに作られている。また情報家電と呼ばれる製品、液晶テレビやハードディスクレコーダーなどの家電製品にも、OSSのコンポーネントが組み込まれている。カーナビや車のダッシュボード、その他、あらゆるところで、OSSは知らず知らずのうちに活用されているのである。
このように広く普及しているOSSを、いったい、誰がどうやって開発しているのだろうか。無償で利用できるソフトウェアの開発者には、いったいどのように対価が支払われているのだろうか?
OSS開発に関与している開発者は、「そのソフトウェアを開発したいから」という強い動機を携えて参加しているケースが多い。しかしいくら好きだからといえ、霞を食べて生きていくわけにもいかないだろう。
成功したOSSのいくつかには、そのソフトウェア開発を支援する組織、すなわち支援団体が存在する。そしてこれらの団体に対しては、寄付や広告収入など、様々な方法で開発に対するサポートが寄せられる。金銭的支援だけでなく、人材や開発機材の提供など、その支援形態は幅広い。
また、大企業による間接的な支援も追い風になっている。先に紹介したLinuxは、システムインテグレーターやハードウェアメーカーによる大きな支援を受けて成長しているOSSである。
ここで、「科学の発展」について考えてみよう。科学が発展する際には以下のルールが当てはまる。
翻って、OSSによるソフトウェア開発のルールを振り返ってみよう。
ここで、「車輪の再発明」とは、既にあるソフトウェアと同じような機能を後から重ねて開発することをいう。
A.とa.からC.とc.まで、それぞれを比べてみよう。ソースコードを拠り所にするOSS開発は、科学の発展と極めて近い類似性を備えていることが分かるだろう。このことに気付くと、今後、OSS開発を誰が支えていくべきかに対する示唆を得ることができる。
これまで、一般市民は科学が発展した成果を間接的に享受してきた。
科学の発展に対して直接の対価を払ってきたという市民は少ないことであろう。これと同じことがOSS開発にも当てはまる。すなわち、先に述べたように、OSS開発にも間接的な対価が支払われている。この構造も科学に対する支援と同様と考えることができよう。
注意すべきは、今後、この構造を崩さないようにしなければならないということである。ともすると目先の利益を追求して長期的な投資を控えがちな昨今ではあるが、科学に対する研究開発投資を控えるべきではないのと同様に、OSSがIT産業で主要な位置を占めるようになった今、OSS開発の支援を絶やしてはならない。