北村 敬子 【略歴】
北村 敬子/中央大学商学部教授
専門分野 会計学
企業の貸借対照表上、資産の中に繰延税金資産が、負債の中に繰延税金負債が計上されているのを目にすることがある。字数制限の都合上、以後は繰延税金資産に限定して述べることにするが、この繰延税金資産の回収可能性の低下により、ここ数年、企業の決算において繰延税金資産が取り崩され、それによって企業の財政状態を圧迫しているケースが多々存在する。
企業会計上の利益の金額は、必ずしも法人税法上の課税所得の金額と一致するとは限らず、そこには数々のズレ(以下、差異という)が存在している。この差異を調整して、企業会計上の法人税等控除前利益(税引前当期純利益)と法人税等を合理的に対応させることを目的とする手続きが税効果会計である。例えば、企業会計上、税法では損金とは認められない資産減損額300円を計上して税引前当期純利益が250円と計算された場合、税効果を適用しないと法人税等が40%課税されるとしたとき、法人税等の金額は(300円+250円)×0.4=220円となり、税引後の当期純利益は30円となる。税効果を適用すれば、法人税等220円から法人税等調整額300円×0.4=120円が差し引かれ、結局税引後当期純利益は150円となる。この法人税等調整額120円が、貸借対照表上繰延税金資産として計上される。ここで注意すべきは、税効果会計を適用しても支払うべき法人税等の額は220円であり、適用しない場合と変わらない。すなわち、税効果会計適用時に計上される法人税等調整額は、あくまでも会計上の処理に過ぎないということである。
企業会計上の利益と法人税法上の課税所得との間の差異には、永久差異と一時差異とがある。永久差異とは、例えば交際費のように、会計上は費用となるものであっても、税務上は損金とはならないもの(必ずしもすべての会社ではない)であったり、また、受取配当金のように、会計上は収益として計上されるものであっても、税務上は益金とはならないものをいう。これらの差異は、今後永久に解消されない差異であるため、これを永久差異という。これに対して差異が、当期において発生したとしても将来期間において解消される差異を一時差異といい、これが税効果の対象となる。例えば、税務上否認される棚卸資産等の評価損を会計上計上した場合、また税務上計上が認められない引当金等の繰入額を会計上計上した場合が、繰延税金資産の生じる一時差異に該当する。
税効果の計算上用いられる税率を法定実効税率といい、これには、法人税、住民税、それに事業税の所得割部分の3つが含まれる。法人税率の改正と復興特別法人税の創設により、期末資本金1億円超の法人の場合、平成24年3月期の法定実効税率は40.69%であったが、平成25年3月期からは38.01%に、さらに平成28年3月期以降は復興特別法人税がなくなることによって35.64%となる。
少し難しくなるが、繰延税金資産は資産としての性質を有しているのであろうか。一般に資産とは、将来におけるキャッシュインフローのあるものをいう。先に挙げた例を用いた場合、繰延税金資産は、会計上費用として計上した資産減損額が、税務上損金として認められなかった場合のその一時差異の金額に、その差額解消時の法定実効税率を乗じた額となる。この金額は、将来において税として支払うべき額を先に当期に支払ったことを意味しているため、将来におけるキャッシュアウトフローの節約額をあらわす。言い換えれば、これは将来におけるキャッシュインフローに相当するものと解釈し得るため、資産性を有すると理解し得る。したがって、繰延税金資産の計上に当たっては、将来時点において一時差異の解消が可能となる課税所得が確保されるという十分性がなければならず、またその時に当該資産を売却する等の課税所得を発生させるような計画がなければならないということになる。すなわち、繰延税金資産の計上に当たっては、将来における回収可能性が問題とされる。さらに、繰延税金資産の計上時に、将来における税率変更が予測される場合には問題ないが、税率変更が織り込めなかった場合には、将来の税率変更がはっきりした時点で、繰延税金資産の金額が修正されることになる。
税効果を会計領域に取り入れた結果、貸借対照表の資産の価額は、繰延税金資産の回収可能性の減少により減少することになるし、将来の税率が減少すればそれに対応して減少することになる。このような状況により、繰延税金資産の取り崩しは、当期の業績とは関係なく行われているのである。