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佐々木 信夫 【略歴】
佐々木 信夫/中央大学経済学部教授
専門分野 政治学
“熱気なき大勝”、これが昨年暮れの衆議院、都知事ダブル選の結果である。12月16日深夜、勝った自民党も「(大勝は)自民党への支持の強さというより、民主党への拒否の結果と判断すべき」(石破幹事長)とコメントする始末、すべてはこれが物語っている。
都知事選も同様。副知事から立候補した猪瀬直樹氏が空前の433万票で大勝したといっても「石原前知事の後継として認められたということ以外の何ものでもないでしょう」とのA評論家のコメント。まさに正鵠をえた見方である。国民的人気のあった美濃部でも初陣は220万票、石原でさえ166万票。要は有力な対抗馬なき独走の結末が今回の結果だ。
本格的な政権交代を望んだ国民が3年程前に民主党に託したのは、「ムダを徹底的に洗い出す政治」だった。しかし「増税に命をかける」政治に大変質。あまりにも有権者をバカにした話である。選挙は有権者との契約である―このマニフェストを武器に選挙を戦った民主党ではなかったのか。増税を必要とするなら、その前に総選挙を打つのが憲政の常道。政権担当能力のなさも浮き彫りになり、今回、当初の300議席はあっという間に57議席へと激減した。いまや有権者の目は決してふし穴ではない。政治のあり方をみているのである。勝った自民党も含め、これからの政治家が心すべき要諦は有権者が主役だという点を見落としてはならない。
この一連のドラマは10月25日、突然の「石原都知事辞任会見」に始まる。その日午後2時半頃、研究室にいた私にある通信社から電話が入った。「ご存知かどうか分かりませんが、あと30分後に石原さんが緊急記者会見をするそうです。多分“石原新党立ち上げ”の話かと思いますが、一部のテレビが中継するようですから、それを見た上でコメントを頂けませんか」という話。うさんくさい話だなと思いながら、3時にテレビをつけたら何とNHKを含めキィ局のすべてが特番を組んでいるではないか。これには驚いた。
そこで吐いた石原のセリフ「本日をもって(知事を)辞任します」「新党をつくって国政にいく」と。後段はともかく、前段の話は私には寝耳に水だった。そのあと、都の選管が12月16日を都知事選の投開票日と発表。じつはこの日にちが国政選挙も動かす。
11月14日、この日は野田首相と安倍総裁との初の党首討論の日だ。その日、私は大阪市特別顧問の用務で大阪市役所にいた。13~15時までの大阪都構想の区割案を審議する会議を終え、同席していた橋下市長と一緒に市長室へ向かった。雑談のあと、記念写真を2人で撮った。それがこの写真。市長のイスにわざわざ私を座らせる歓待ぶりだった。
じつはその時間、橋下氏は「11.16衆議院解散」という話は知らなかった。当然といえば当然、討論席上野田首相の口から“解散”が飛び出すのは午後三時半を回った頃だ。それ以後の、同氏のあわてぶりは知らない。流行語になった8月8日の野田氏の「近いうち」発言は“越年解散だ”と見られていた。橋下氏もその段階でそう見ている感じだった。
こうして2つのドラマが12.16へ収斂し、結果は想定外の大転回をみせるのである。投開票当日、私は東京MXTVの選挙特番に出演。ゲスト解説者として午後7時半から12時までスタジオでキャスターらと選挙結果をみ、勝者、敗者、政党責任者とやり取りをしていた。
周知のとおり、衆院選は民主大敗、自公圧勝、維新・みんな躍進という結果となった。この結果、現在の議席分布は図のようになった。与党の自公勢力が衆議院で326と三分の二を占める。憲法改正の発議も可能な議席数。しかし参議院では102と過半数に16議席足りない(欠員6、議長除く)。いわゆる「ねじれ現象」が続くわけだ。法案処理に手間取るなら、民主政権時と同じように「決められない政治」が続く可能性も否定できない。
図1 衆参両院の議席の割合(選挙終了時)
一連の政治ドラマは、7月に行われる参院選で終わるのかどうか。衆院選ほどの派手さはないが、「夏の陣」こそが「ねじれ解消」にむけた国政選挙の天王山と位置づけられる。
今回の衆院選の結果を国民はどう見ているか。選挙後の朝日新聞の世論調査が興味深い。
自公の大勝に対し、常識的な国民はやや危惧感を抱いている様相が伺える。また、自民大勝の要因については、「自民の政策が支持された」はわずか7%で、「民主政権に失望した」が81%と、さきに紹介した石破幹事長の談話より厳しい見方が表われている。
いずれ今回の衆院選、投票率が全国平均で59%と前回より10%も低く、史上最低に近い。無党派層が積極的に投票に行かなかったとも解される。この層がどう動くかで選挙結果が大きく左右される今日、今回投票した無党派層は第三極の「維新の会」へ投票した人が比例代表で23%に及ぶ。自民19.9%、民主16.4%、みんな14.2%を凌ぐ勢いだ(共同通信・出口調査)。ただ、小選挙区のマジックがある。勝ったといっても自民の得票率は43%、だが議席占有率は61%である。民意より自民は勝ちすぎている。これが夏の参院選をどう形づくるのか。
憲法改正、日中改善、原発依存、経済再生が争点とされ、すべてを前向きに訴えた自民が圧勝したが、果たしてまたぞろ始まった公共事業の大盤振る舞いが吉と出るのか。
もう1つ、都知事選をどう読むか。政策論争なき、不毛な都知事選―これが私のみた今回の都知事選評。というのも、1昨年4月に都知事選を行ったばかり。「これまでのことをやり続けるだけ」と無気力とも思えた選挙公約で石原が圧勝して1年半。任期を2年半残しての辞任劇。“わがまま”批判が出ないのが不思議なくらいだ。都政史上前例のない事態に各党は都知事候補を用意できなかった。ダブル選挙で漁夫の利をえたのが猪瀬氏。
順位 | 候補者名(歳) | 党派 | 新現元 | 得票数 | 得票率 | |
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当選 | 1 | 猪瀬直樹(66) | 無所属 | 新 | 4,338,936 | 65.27% |
2 | 宇都宮健児(66) | 無所属 | 新 | 968,960 | 14.58% | |
3 | 松沢成文(54) | 無所属 | 新 | 621,278 | 9.35% | |
4 | 笹川堯(77) | 都民のくらしを守る会 | 新 | 179,180 | 2.7% | |
5 | 中松義郎(84) | 無所属 | 新 | 129,406 | 1.9% | |
ほか4名の候補者 | ||||||
図2 都知事選の結果 |
議会筋を含め都庁内の猪瀬評。「石原都知事のブレーンではあっても、都政のブレーンではない」。こうした見方が5年余副知事の座にあった氏への見方だ。それが突然「後継は猪瀬君で十分だと思う」という石原慎太郎の“鶴の一声”で急変するのである。
財政再建、ディーゼル車規制、銀行税、公会計改革と石原都政13年余の前半を彩った改革パレード。「東京から日本を変える」強いリーダー像に大震災からの復興も託しての四選だった。石原都政後半は五輪招致、築地移転、新銀行東京などつまずきが表面化。これを補う形でPTを担当したのが猪瀬氏である。電力改革、地下鉄一元化、ケアつき住宅、木密解消へと汗をかいた。その論功論賞が「猪瀬君で十分」発言だったと見るがどうか。
ともかく、猪瀬独走で熱気なきまま新都知事が誕生した。当面、2020五輪招致に力を入れることで猪瀬都政の確立をめざそう。招致に成功するなら8年続くかも知れない。失敗なら青島都政と同じように、「うっかり1票、ガッカリ4年」の厳しい批判にさらされる可能性もある。いずれ、433万票の意味をはき違えないよう、着実な問題解決で成果を上げるよう望みたい。