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飯田 朝子

飯田 朝子 【略歴

ネーミングにモノを言わせる商品の言語学的分析

飯田 朝子/中央大学商学部教授
専門分野 言語学

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言語学から見た「ネーミング」分析

 私は商学部の教員ですが、専門は言語学で、日本語や英語のことばの意味や用法を調べる研究をしています。私の名前を数え方(助数詞)の専門家としてご存知の方もいるかもしれませんね。

 しかし、私が興味を持っていることは助数詞だけに留まりません。“人がどのように物を捉え、それを言語化するのか”が研究テーマの根幹を成していますので、いろいろと研究対象を広げて日々研究活動を行っています。現在は“人はどのように<ことば>に操作されて行動するのか>”についても興味がありますので、いわば雑食系の言語学者と言ってもいいでしょう。

 現在の研究対象の1つがネーミング研究です。商学部では2005年より「消費者を引き付ける商品名の研究」と題して基礎ゼミを開講しています。人やものの名前について考えることで、私たちの自身の存在や商品の価値を知る手がかりを得られ、それがビジネスへの発展へと役立つのです。これまで何気なく商品を購入していた学生達も、いざ「なぜそれを買おうと思ったのですか?」と問われれば、「CMで見たから」「安かったから」「パッケージが気に入ったから」「ネーミングが気になったから」などさまざまです。

 中でも「ネーミング」は私達が使っている言葉を組み合わせるだけで作ることができる、最も手軽で、インパクトのあるビジネス・ツールだと言えます。そこには、消費者の潜在的な言語意識、音や表記、感じ取る意味などの“ことばのカラクリ”に則った戦略が満載であり、研究を進めるべき興味深い要素だと考えます。

この基礎ゼミで扱ったテーマ、学生達と交わした議論などを、このたび『ネーミングがモノを言う:あのヒット商品から「東京スカイツリー」まで』(中央大学出版部)にまとめました。ここでは、簡単にその内容を紹介することにします。
書籍紹介および目次一覧
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グリコ商品名の「P音」戦略

 商品名に含まれる音は、商品を売るための重要な役割を果たしています。例として、グリコ社の商品を見てみましょう。グリコの主力商品には「ポッキー」「プリッツ」「プッチンプリン」「パピコ」「ポスカム」「パキッツ」「パナップ」「アーモンド・ピーク」「プレミオ(アイス)」などがありますが、これらは一様にパ行の音、すなわちP音が含まれるネーミングが非常に多くあることにお気づきでしょうか。これは単なる偶然というより、戦略的に用いられている可能性が高いと言えます。

 まずはグリコのネーミング戦略を探るために、P音を声に出してみます。パピプペポ、パピプペポ…。この時、私達は上下の唇を軽く合わせる動作を繰り返して音を出しています。これは、お菓子をポリポリ食べる時の口の動きに似ています。グリコの商品には、大きな口を開けてガッツリ食べるタイプのお菓子というよりも、ポッキーやプリッツのように唇や口元で歯切れを楽しむ気軽につまみたいスナック系のものが多くあります。これらを口にする際、私達は口の前面、唇や前歯を使って咀嚼します。これがP音を出す動作に通じるのです。

語頭および語中にP音がある商品名 語中にP音がある商品名
ポッキー カプリコ
プリッツ ゼッピン(カレールー)
プッチンプリン カレーポット
パピコ アーモンド・プレミオ
パナップ アーモンド・ピーク
ポスカム タパスタ
パリッテ  
パキッツ  

 「ポッキー」はチョコレートのかかったプレッツェルをポキッと食べるから「ポッキー」、「プリッツ」はプレッツェルに由来する名前でもあり、食べた時の「プツッ」とした音とも関係があるように感じるので、個々の名前も覚え易くなっています。そして、メーカーを通して積極的にP音をネーミングに入れることによって、商品名を口にしたり耳にしたりする度に、消費者にお菓子を口先で咀嚼する動作を潜在的に思い起こさせる工夫をしているのです。

このような、音から受けるイメージや潜在的意識の操作を「音象(おんしょう)sound impression」と呼びます。ことばの音には、それを使う人が発声器官で感じる、共通の印象や効果があることを指します。

長さにモノ言わせた桃屋の“食べるラー油”

 “食べラー”と略されるまでになった食べるラー油。そのブームの火付け役になったのは桃屋の商品だと言われています。

 もし、私たちが商品名など一切気にしないで買い物をするなら、桃屋はこの商品の名前をただの「ラー油」にしたはずです。漫画やNHKの料理番組などに登場する場合は、①のような名称表示のみ構いません。しかし、このラー油はこれまでにない具が入っているラー油であることも消費者に知って欲しいはず。そこで②「ラー油」に「具入り」を足してみます。その一方で、ラー油は辛いというイメージが強く、辛いものが得意でない人にも裾野を広げてこの商品を食べてもらいたいとメーカーが考えたとしましょう。こうして③のように「ラー油」に「辛そうで辛くない」というフレーズを添えてみることに。それに、先ほどの「具入り」の文字を加えて、商品名は④の「辛そうで辛くない具入りラー油」となりました。全ての情報が盛り込まれている欲張ったネーミングで、これでOKのように思われます。

①名称のみ表示する ②商品の特長を入れる ③ターゲットの拡大を狙う ④情報量を増やす 実際の商品名
辛そうで
辛くない
ラー油
辛そうで
辛くない
具入り
ラー油
辛そうで
辛くない
少し辛い
ラー油
一見矛盾を含む商品名が、消費者の好奇心をくすぐりファンを増大させた

 しかし、「辛そうで辛くない具入りラー油」の名前だと「結局は辛くないラー油なんだ」というメッセージが伝わってしまい、本来の開発意図からは少し外れてしまう恐れがあります。桃屋は「ごはんですよ!」とか「おとうさんがんばって!」というユニークな商品名を付けることで知られている会社。ここで思い切った作戦に出ました。「辛そうで辛くない」に「少し辛い」という言葉のチョイ足しをしたのです。「辛そうで辛くない 少し辛いラー油」となると、消費者は「辛いのか辛くないのか、どっちやねん!」と思わずラベルに突っ込みを入れたくなります。そして、この商品が気になってネットで検索したり、実際にスーパーの棚などで手に取って商品に触れたい衝動に駆られます。瓶の曲面を利用して長い名前を読ませることで商品全体を眺めさせ るラベルデザインの戦略も見事です。

 「具入り」という言葉をわざわざ入れなくても、長い名前で多様な具がラー油の中に入っていることを想像させる効果もあり、消費者は面白がって商品を購入、その味にも魅了されクチコミで広がって行きました。まさにネーミングをきっかけに火が付いた商品です。

受験生を引き付ける縁起を担いだネーミング

 受験シーズンになると、スーパーやコンビニに受験生を応援するお菓子や食品などが多く並びます。これらの商品の多くは、中身は普段のものと同じであるにも関わらず、ネーミングにひと工夫をして消費者(特に受験生やその家族・友人)を惹き付けています。ちょっと笑ってしまうような駄洒落も含まれますが、メーカー側のことばの知恵の結晶です。

 代表的なものは、明治の「カール」。これが受験シーズンには「ウ」を付けて「ウカール」にしています。また、同社の「ハイレモン」は、「ル」を入れて「ハイレルモン」(入れるもん)に大変身。共に定番商品でありながら、従来のネーミングに1文字足しただけで縁起の良い、消費者を惹き付ける魅力を持つようになります。これは商品のプロモーション上、とても効率の良い言語戦略だと言えます。

 その他にも東ハト製菓の「キャラメルコーン」は、「カナエルコーン」になります。一見、何をもじっているのか分かりにくいですが、アルファベットで記すと「Caramel」が「Canael」になっています。パッケージも縁起良く赤い招き猫のデザインです。

 ロッテも受験生応援市場には積極的に参入していて、チョコが入ったプレッツエルの「トッポToppo」は、「トッパToppa」になります。「o」を「a」に替えただけですが、ぐっと受験生を惹き付ける縁起の良いネーミングになりました。定番商品の「キシリトールガム」は、「キシリトール」を「きっちり通る」にして、噛むと勉強の効率が上がりそうなネーミングにしています。

 AGFはカフェオレを「勝てオレ」に置き替えてチルドコーヒーを発売。亀田製菓は「柿の種」を「勝ちの種」ともじっています。夜食に欠かせないインスタントラーメンですが、エースコックの「わかめラーメン」が、社名を「英数国」と読ませて「英数国がわかる!?ラーメン」と商品名を変えて受験生を応援しています。「森のたまご」は「森のたまごうかく」と、最後のスパートをかけるのに栄養満点の卵を推奨しています。山崎パンは「ウカロール」と「受かってクレープ」、サンガリアは「うかっ茶う。」を発売しました。

本来の商品名 受験生向け商品名
商品名で受験生を応援する商品も目白押し
カール(明治) カール
ハイレモン(明治) ハイレモン
トッポ(ロッテ) トッ
キシリトールガム(ロッテ) ッチリトールガム
カルピス(カルピス) カルピス
森のたまご(イセ食品) 森のたまごうかく
カフェオレ(AGF) 勝てオレ

 受験生応援商品はこのように毎年目白押しではありますが、いつも目にしている各社の商品も、受験生を応援する縁起の良い語彙を補充してネーミングをひと工夫することで、普段の時期よりも受験シーズンに売上を伸ばすのです。これは企業の「意味戦略(semantic strategy)」 とも言えます。

 上記の例から、受験生が惹きつけられる意味を持つ語群がどのようなものかを整理することができます。

・入試での合格を意味する表現
 合格、受かる、通る、入る、入れる、パス、勝つ、勝利、突破する、落ちない、すべらない
・好結果をイメージさせる表現
 サクラ咲く、いい予感、ハッピー、ピース、吉報、叶う、とんとん拍子
・勉強する姿勢を応援する表現
 フレーフレー、勝て、頑張れ、ねばれ、ふんばれ
・勉強にまつわる縁起の良い表現
 わかる、解ける、じっくりコツコツ

 皆さんも受験の時、これらの言葉に勇気づけられたことがあるのではないでしょうか。このように、商品名に入れると効果的な表現の“辞書”を作ることもできるのです。

 以上のように、我々が普段何気なく手に取っている商品の名前には、多くの言語的な戦略が含まれています。ここでは、①グリコの音戦略、②桃屋の文章戦略、③受験生対象商品の意味戦略の3つ触れましたが、拙著『ネーミングがモノを言う』では他にも多くの事例を紹介していますので、機会があれば手に取ってみて下さい。

飯田 朝子(いいだ・あさこ)/中央大学商学部教授
専門分野 言語学
1969年、東京都出身。専門は言語学。東京女子大学卒業後、1995年、慶應義塾大学文学研究科修士課程修了。1999年、東京大学人文社会系研究科言語学専門分野修了。『日本語主要助数詞の意味と用法』で博士(文学)取得。中央大学専任講師、助教授を経て2009年より現職。
「東京スカイツリー」名称検討委員。中央大学市ヶ谷田町キャンパス「ミドルブリッジ」のネーミングにも携わる。商学部では、商品名や広告コピーを題したゼミを開講中。主著に『数え方の辞典』『数え方もひとしお』(いずれも小学館)、『数え方でみがく日本語』(筑摩書房)など。最新刊は『ネーミングがモノを言う:あのヒット商品から「東京スカイツリー」まで』(中央大学出版部)。