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トップ>オピニオン>「経済発展方式の転換」は成し遂げられるか-習近平政権の呪縛

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服部 健治

服部 健治 【略歴

「経済発展方式の転換」は成し遂げられるか
-習近平政権の呪縛

服部 健治/中央大学大学院戦略経営研究科教授
専門分野 対中投資経営論、中国産業・市場論、アジア経済論

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2つの提示

 反日暴動の余波のなかで第18回中国共産党大会が開催され、習近平政権が誕生した。その政権の経済政策を論評する前に2つのことを述べておきたい。

 一つは日中国交正常化40周年の記念すべき時期に、日中関係が領土問題をきっかけに最悪の事態に陥ったことは本当に悲しむべきことだ。特に筆者は日中経済関係の実務に従事するなかで、中国の経済発展に貢献された日本経済界の先人たち、稲山嘉寛、土光敏夫、岡崎嘉平太各氏の謦咳に接し、薫陶を受けてきたのでなおさらである。

 1980年代初め、当時新日鐵の稲山会長は日中経済協会会長でもあり、我々若い職員に次のようなことを話されたのを鮮明に記憶している。稲山氏の出身は八幡製鉄所であり、この製鉄所は日清戦争の賠償金で建てられた。そこで使う石炭は中国河北省の開灤炭田の原料炭であり、鉄鉱石は湖北省大冶鉄鉱山のものであった。日本の製鉄産業は中国に依存して発展してきた。改革開放を始める中国に日本は恩返しをしなければならない、と。

 また、日中国交正常以前からLT貿易の発展に尽力された全日空会長の岡崎先生は、日中経済協会の常任顧問でもあり、毎年新年1月4日の年初の訓話で我々に周恩来の思い出を話された。周恩来は岡崎先生に幾度と次のよう話をされたとのことである。日本民族は偉大な民族である、アジアで初めて近代国家を打ち立て欧米列強に対抗した最初の国家である、中国侵略という過ちを犯したが、悪いのは日本軍国主義者あり、日本人民とは区別すべきである、と。岡崎先生の黒いカバーの手帳には周恩来の写真が張ってあり、彼は涙を浮かべて毎回話しをされた。

 二つ目に述べておきたいことは、反日デモにおいて暴徒による日系企業の襲撃、破壊、掠奪は断固非難されるべきである。政治問題を暴力でもって民間企業に圧力をかける手法は許されない。日系企業は中国の法律に基づいて進出しているのであって、暴力を容認して特定の国家を排除することは、「自由、無差別、多角、互恵」のWTO(世界貿易機構)の理念に違反する。

2つの「呪縛」

 さて、江沢民氏ら党長老の支援をうけて生誕した習近平政権だが、2つの呪縛から逃れられない。一つはそもそも習近平氏自身が「太子党」であるがためにもつ呪縛である。「太子党」とは一言でいうなら、「中国版ゴルバチョフ」の登壇を許さない血統グループである。共産主義国家の兄貴分であるソ連の崩壊に驚愕した、当時の総書記江沢民氏が学んだことは、党内に「中国版ゴルバチョフ」を生成させないことであった。そのためには中国革命の元勲の子息を「太子党」として育成した。そうした呪縛があるがために習近平政権は、今や利権集団と化し腐敗汚職にまみれた党の構造を断つこと、つまり党組織の刷新=「政治改革」の断行は難しいといえる。

 あとひとつの呪縛は胡錦濤氏が残した「宿題」である。江沢民氏は総書記を辞任したあとも数年党軍事委員会主任を保持したが、胡錦濤氏はそのポストをなげうって自己の主張である「科学的発展観」を党の「行動指針」として残した。「科学的発展観」の基本とは、深刻な格差による社会的公平さの崩壊、利権腐敗による国民的連帯感の喪失が背景にあり、「先富論」に代表される「鄧小平モデル」の終焉をうけて「豊かさを求める社会主義」から「等しからざるを憂える社会主義」への回帰にある。

 2007年の第17回党大会からは「和諧」(調和)が提唱され、共同富裕、成長の量より質がうたわれた。「和諧」も共産党一党独裁のもと、不平等の拡大を憂える“社会主義原理派”と政経分離が十分でないと嘆く“市場経済重視派”の双方を満足させる方策であったがゆえに、改革の徹底に至らなかった。ただ、今回の党大会で「行動指針」として承認されたがゆえに、習近平政権は「科学的発展観」の政策目標である「和諧」の持続に呪縛されることになる。

 「和諧」の持続のもとで、まずすべきことは権力に近いものが儲かる仕組みを変えることである。経済は市場に支配され、国家が富の分配をつかさどるが、党が市場と国家の間に介在し、国有企業を堅持、支配して富の配分をゆがめている。これでは市場経済の基礎をなす民間企業が、自立した闊達な経営運営ができない。これが「国進民退」(国有企業が進展し民間企業が縮小する)と揶揄される構造で本質はクローニー経済である。さらに“影の銀行”など地下経済(筆者は第2経済と称している)の跋扈も市場経済の自立をゆがめている。

 習近平政権は胡錦濤政権の呪縛を解き、2011年から実施されている第12次5ヵ年計画の最重要課題である「経済発展方式の転換」を成し遂げることができるか否か心もとない。

成長とジレンマ

 しかし、習近平政権は2020年に2010年のGDPを2倍にする目標(名目で12兆ドル近い)に向かって進まざるをえず、その上「中華民族の復興」(=「中華の再興」)をうたい、「海洋強国」を目指す国家目標があるがゆえに、成長のエンジンたる国有企業を民営化することは難しい。政権党の正当性に疑義をはさませないためにも成長の堅持は必須であり、アメリカを射程距離に置くことによってナショナリズムの高揚につなげようとするであろう。

 今や中国国民はマルクス・レーニン主義や毛沢東思想といった共産主義や社会主義のテーゼは信用していない。そうなると国家存立と共産党政権維持のよりどころはナショナリズムの喚起でしかない。これに手を抜くと「体制危機」に直面する。ましてや習近平政権はこれまでの江沢民、胡錦濤政権と違って、鄧小平のカリマスによって指名された政権ではない。国内の矛盾、社会的不満を狭隘なナショナリズムをあおってそらし、排外主義を呼び起こし反日行動に走らせることが常套となることが危惧される。

 その成長だが、従来の固定資産投資(公共投資と設備投資)と輸出に依存する発展方式を転換し、消費購買力の向上、内需喚起に依拠しようとしている。つまり外需依存型経済から内需主導型経済への脱却である。これまた2020年の一人当たり国民所得を2010年の2倍にする所得倍増政策に符合するものだが、はたして国民は賃金上昇分を消費に回すかどうか。人口オーナス、高齢化社会に向かう時代にあって社会福祉、医療保障の制度が不備で子供の教育も気がかりであれば、結局は貯蓄に回すしかない。所得は増えても消費は拡大しにくい。所得の上昇率をもっと高めると、外資系企業は中国から逃げてしまう。これはジレンマである。

 内需主導型に移行するにあたり、人民元を切り上げてくる可能性が強い。中国企業にとって対外投資を拡大するチャンスである。同時に元の国際化の過程で資本取引の自由化に向けて徐々に緩和するだろう。そうなるとヘッジファンドに狙われやすくなり、これに対処するには国内産業の高度化、経済基盤の強化が欠かせない。産業の高度化は国内の技術だけでは不十分で、強い人民元を背景に日本の優秀な中堅・中小企業がM&Aの対象となるであろう。

服部 健治(はっとり・けんじ)/中央大学大学院戦略経営研究科教授
専門分野 対中投資経営論、中国産業・市場論、アジア経済論
1972年大阪外国語大学(現大阪大学)中国語学科卒、南カリファルニア大学大学院修了(M.A.取得)、1979年(財)日中経済協会、日中投資促進機構北京事務所首席代表を経て、2001年愛知大学現代中国学部教授、コロンビア大学東アジア研究所客員研究員の後、2008年から中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授。北京駐在通算11年の実績を踏まえ「現地・現場・現物・現人」の“4現主義”を唱え、「対中投資戦略論」「中国産業市場分析」などを教える。著書に『アジア時代の日中関係』(共著)『日中関係市1972-2012 Ⅱ経済』(編著)など。