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奥山 英司

奥山 英司 【略歴

リアルタイム・データで検証する金融政策とプルーデンス政策

奥山 英司/中央大学商学部准教授
専門分野 金融論、特に金融機関や証券市場に関する研究

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1.政策とリアルタイム・データ

 リアルタイム・データとは、意思決定時点で利用可能であったデータのことである。一般的に、経済統計はその後新たな情報が加わり改訂されることが多く、事後的に得られるファイナル・データをもとに意思決定時点を振り返ると、評価が大きく異なる場合がある。

 例えば米国では経済指標の発表はかなり早く、GDP関連を除き基本的に当該月終了15日後に利用可能となる。それに対して英国では、物価関連指標の発表は早いものの、実体経済に関連する経済指標は30日から60日後に発表される。また金融政策決定の会合(米国:FOMC、英国: 金融政策委員会)は、米国では年8回開催されるのに対し、英国では毎月上旬に開催される。このようにデータ発表のタイミングや会合の開催時期 の違いにより、米国と英国では金融政策の意思決定時に利用できる情報が異なる。米国のFOMCでは1~2カ月前の経済指標が利用可能であるのに対し、英国の金融政策委員会で利用可能な経済指標は、2~3カ月前の値である。

 意思決定時点において利用可能なデータが異なっているため、それらを十分に考慮しないと、意思決定時に利用出来なかったデータを用いて政策を評価することになってしまう。従って、金融政策やプルーデンス政策に関して、リアルタイム・データを利用して検証することが必要だと考えられる。

 以下では米国の住宅バブル崩壊を契機に発生した世界金融危機に関して、2007年1月から2009年12月まで分析した結果について、リアルタイム・データとファイナル・データを用いた場合の違いや、リアルタイム・データから分かる政策評価を紹介する(詳細については、[1])を参照)。

2.世界金融危機前後の経済情勢

 GDP成長率についてリアルタイム・データでみると、米国は2007年に入り景気後退を示す一方で、欧州各国は基本的には2007年末頃まで堅調さを維持していた。それに対し、GDP成長率のファイナル・データで当時の状況を振り返ると、2008年に入り世界同時不況が生じたと判断できる。

 金融危機による経済の落ち込みも、経済の潜在的産出水準と現実の需要の差であるGDPギャップでみると、用いるデータによって大きく評価が異なる。リアルタイム・データでは、米国及び欧州各国は、2007年以降緩やかな景気の鈍化傾向にあったが、リーマン・ショック(2008年9月)以降落ち込みのペースが速まったことが分かる。しかし、ファイナル・データに基づいて検証すると、リーマン・ショックが起こる直前まで経済は堅調であり、ショックによって急激かつ同時に経済活動が悪化したことが分かる。

3.世界金融危機前後の金融政策とプルーデンス政策の評価

 リーマン・ショック直前の時期に焦点を絞ると、米国及び英国では金融緩和が停止されており、ユーロ圏では利上げの最終局面であった。米国や英国では景気後退が始まりつつあり、金融緩和停止という政策行動は奇妙に感じられるかもしれない。しかしリアルタイム・データを用いて理論的に求められる推計金利は、実際の政策金利を上回っていた。この時期には原油や商品価格の上昇などに基づくインフレ率の高まりが重要であり、米国や英国はそれに対応する政策をとっていたと評価できる。

 金融システム安定を目的としたプルーデンス政策も、リアルタイム・データとの関係をみることで、当時の判断を確認できる。米国では金融緩和が停止されていた間は、新たな金融機関資金繰り支援が創設されていない。また同様にイギリスでも、金融緩和停止の期間は、公的資金による銀行救済が行われていない。つまり金融緩和停止期間は、金融市場の混乱が小康状態にあった期間でもある。リアルタイム・データを用いて検証する事で、インフレ率上昇に対応していた金融緩和停止と、新たな金融機関援助・救済停止の時期が一致していたと評価することができる。

4.まとめ

 一般的に、過去の経済環境や政策判断を評価する場合、経済指標の対象期間に合わせたデータで分析されることが多い。しかし上述のように、意思決定時に利用可能であったデータは対象期間のデータとは一致していない。従ってリアルタイム・データを用いて分析することが、正確な政策評価に繋がる。

 米国、英国、ユーロ圏ではリアルタイムのデータ・ベースが構築されており、当時の状況をより正確に検証する事が可能である。しかし日本などでは、リアルタイムのデータ・ベース整備は不十分であり、最新のデータが公表されると同時に更新され、過去のデータが入手不可能となるケースも見られる。データは実証分析において必要不可欠なものであり、リアルタイム・データの整備の重要度は高いと考えられる。

 また金融に関連する政策以外にも、例えば企業活動などでも、リアルタイム・データとファイナル・データを区別することは重要であり、それがより正確な評価に繋がるものと考えられる。

参考文献
奥山 英司(おくやま・えいじ)/中央大学商学部准教授
専門分野 金融論、特に金融機関や証券市場に関する研究
岐阜県出身。1973年生まれ。1996年神戸大学経済学部卒業。
1996年~1997年株式会社第一勧業銀行。
2003年神戸大学大学院経済学研究科総合経済政策専攻博士後期課程修了。博士(経済学)。
北星学園大学経済学部専任講師、中央大学商学部専任講師、助教授を経て2007年より中央大学商学部准教授。

現在の研究課題は、金融規制変化による金融機関の行動・リスクの変化に関する研究や、規制や制度変更による企業行動変化に関する研究である。
主要著書に、本稿の参考資料である『世界金融危機と欧米主要中央銀行―リアルタイム・データと公表文書による分析―』(晃洋書房、2012年、共著)などがある。