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折田 正樹

折田 正樹 【略歴

ユーロの行方、欧州統合の行方

折田 正樹/中央大学法学部教授
専門分野 国際法

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欧州の経済危機

 世界経済の失速を防ごうと国際社会で連日のように議論が行われている。欧州経済は、大きな経済リスクとされており、頻繁に開催される欧州の首脳会議等においてのみならず、この10月に東京で開催されたIMF・世銀総会での主要課題であった。 欧州経済危機の問題は未解決で、EUの統一通貨ユーロの行方、そして欧州統合の行方は国際社会の大きな関心事である。ユーロは導入以来最も困難な時期にあると言えよう。

 欧州では、米国発の金融危機からの回復を図ろうという段階でギリシャの政府債務不履行の可能性が引き金となって、ポルトガル、イタリア、アイルランド、スペイン等にも影響が及び、政府債務危機と言われるようなこととなった。EUは、過剰なまでに信用が拡張し、瞬時に反応するグローバル市場に晒され、一喜一憂の状況が続いている。ギリシャ等のユーロ離脱、ユーロの解体の可能性の議論は収束していない。

ユーロの導入

 ユーロは、構造的な基礎造りが充分でないまま導入された。統一通貨の下で市場が大きく拡大することの利点は大きい。しかし、金融政策は統一されたものの、財政政策は各国に委ねられたままであって、果たして、競争力、雇用条件、福祉制度等に大きな差異のある各国の経済が統一通貨の下で円滑な形で収斂の方向に向かうのかとの指摘は当初からなされていた。各国の財政赤字や政府債務残高削減の目標値を設定し、各国がそれぞれ競争力強化のための構造改革を進めることにはなったものの、実績が挙がらなかった場合の対処策の議論は充分ではなく、また、緊急時におけるEUや欧州中央銀行の権限に備えがないままでのユーロ導入の決断であった。この大きな政治的決断の背景には、EUが米国、日本、新興国等との関係で競争力を向上させるためには統一通貨下の市場拡大が必要であり、また、経済力が強くなるであろう統一ドイツを「欧州の屋根」の下に置くためにも欧州統合の深化が必要であるとの意識があったのであろう。 ユーロ導入後、停滞していた欧州経済はいったんは上向いた。ドイツ等では労働市場の構造改革が進むこと等により競争力が向上し、EU及びユーロ加盟国増大によって市場が拡大するとともに、競争力の低い国でもユーロの信用により、資金調達が容易になって投資が拡大したこと等があってのことだった。ユーロ導入によりEU経済の将来への楽観的見方が広がり、バブルの要素は見逃され、基盤強化については議論が進まなかったようにみえる。

EUの対応策

 ユーロの基盤強化の必要性が喫緊の課題となった。EUで議論されていることは、EU全体の観点からの各国の財政政策の規律強化(均衡予算達成について各国憲法や国内法の改正も視野に入れている他、財政赤字削減の目標が達成されなかった国には制裁を課す法的枠組みを定めている)、EUによる財政監視機能強化、民間銀行の規律の強化と共通化、そして「銀行同盟」の形成、緊急金融支援のための基金の規模拡大と権能強化等である。

 基盤強化には経済的合理性がある。しかし、これが円滑に進むのかは大いに注目される。これまでEUでは「民主主義の赤字」と称する懸念がよく議論されてきた。 EU統合の考えは受け入れつつも各国、地域が自己のアイデンティティを失いたくない、自分は欧州に属してはいるが、自己の特性、利益は維持したいとの意識から、EUすなわちブラッセルに権力が集中すると、遠く離れたところで、自分達の意見が民主的に反映されないまま決定がなされ、押しつけられることになってしまうのではないか、直接選挙で選ばれる欧州議会の強化、各国国内議会とEUの関係強化等の動きはあってもそれで充分に民主的統制ができるのかの懸念である。

「民主主義の黒字」対「民主主義の赤字」

 今回の事態に対するEUの対応は後手、後手に回り、適時に充分な措置を取ることができなかった。その理由は各国の国内事情であった。多くの国で選挙、政権交代があり、EUレベルの決定が各国の国内事情に足を引っ張られて、物事が容易に動かないようにみえた。こうした現象に対する懸念を称して、今回は、「民主主義の赤字」とは逆に、“Democratic Surplus”とか,“Abundance of Democracy”と呼ぶ向きがある。「民主主義の黒字」、「過剰な民主主義」と言えよう。そして、これを防ぐためには、EUの求心力を強めるために各国の主権を更にEUへ移譲し、欧州統合を加速させるとの主張がなされている。それはEUの権限で、緊縮財政の強化及び増税による財政再建、社会福祉の見直し、賃金切り下げを含む社会経済構造改革を求めるとともに、各国よりの拠出増大を求めるものであり、それぞれの国に大きな痛みが伴うものである。各国に見られる反対運動の高まりをみても、「民主主義の赤字」論とどのように折り合いをつけて行くのかは、ますます困難な問題となってきている。

「ユーロの行方」、「欧州統合の行方」

 EUの行方を論ずる者には、欧州は多くの困難を乗り越え今日に至っており、今回の困難も必ずや乗り越えて行くだろう、と言うように、最終的には楽観論で結んでいる者が多い。誰もがそう望むであろう。しかし、統合の度合が大きく深化してきた現在、各国が主権を更に移譲することに伴う抵抗感はこれまで以上に強くなるであろう。また、ユーロからの離脱、解体はどの国にとっても多大なリスクを伴うので、そうなるはずがないとの議論もよくなされている。しかし、予想が困難でコントロールの効かない金融市場の動き等によっては、思わぬ展開があり得ることも考えておく必要があろう。

 ユーロの行方、そして欧州統合の行方からは依然として目が離せない。

折田 正樹(おりた・まさき)/中央大学法学部教授
専門分野 国際法
東京都出身。1942年生まれ。1965年東京大学法学部卒業。同年外務省入省し、英国オックスフォード大学留学。その後2004年に退職するまでの間、国内では、条約局、アジア局等勤務の後、総理大臣秘書官、条約局長、北米局長を歴任、海外では、英、ソ連、仏、米で勤務の後、在香港総領事、在デンマーク大使(在リトアニア大使兼任)、在英国大使を歴任。退官後も政府の国連改革担当特使(欧州担当)等を勤めた。2007年より現職。国際法を担当し、法学部、大学院、専門職法科大学院で勤務。大学での勤務の傍ら(財)世界政経調査会国際情勢研究所所長として、他の審議員と議論の上、時々の重要な国際問題について内閣に対し答申を行っている。