日高 克平 【略歴】
日高 克平/中央大学商学部教授
専門分野 経営学
本年7月、ソーシャルプロダクツ普及推進協会(APSP—Association for the Promotion of Social Products)が設立された。江口泰広会長(学習院女子大学国際文化交流学部教授)、松野弘副会長(千葉大学大学院人文社会科学研究科教授)を中心に、研究者、公認会計士、企業関係者などの有識者がソーシャルプロダクツの普及・推進活動を通じて、持続可能な社会を実現することがその狙いである。
当協会設立の理念は、「ソーシャルプロダクツを通して世界を変える(improving the world through promoting social products)」であり、良品の選択・消費を通じて、より良い社会づくりに貢献しようという考え方である。私もその趣旨に大いに賛同し、末席に加えていただくことになったのである。
当協会は、設立の理念を実現するために、次のような事業を推進する。
まず第1は、「ソーシャルプロダクツ・アワード事業」である。日本初の優れたソーシャルプロダクツを表彰する制度となる同事業では、ソーシャルプロダクツの情報を広く提供することによって、個々の生活者がより良い社会づくりへ参画し易い環境を整え、さらにはソーシャルプロダクツの生産と販売に積極的に携わる企業や団体を支援する。
第2に、「ソーシャルプロダクツの社会性監査事業」である。これは、企業や団体が提供する商品やサービスの社会性を中立的な第三者機関として監査し、生活者にその結果を情報開示することを通じて、ソーシャルプロダクツの普及に一役買おうとするものである。
その他として、「ソーシャルマーケティング/ソーシャルプロダクツ開発・研修事業」、「ソーシャルビジネス開発支援事業」といったコンサルティング業務や、ソーシャルプロダクツの普及および啓蒙活動の一環としてフォーラムやセミナーの開催が予定されている。
ソーシャルプロダクツは、当協会の定義によれば、企業および他の全ての組織が、生活者のみならず社会のことを考えて作りだす有形・無形の対象物(商品・サービス)のことであり、持続可能な社会の実現に貢献するものである。具体的には、エコ、オーガニック、フェアトレード、寄付つき等の商品やサービスである。
例えば、イオンが販売しているフェアトレードのチョコレートがある。私のゼミも商品開発に関わらせてもらった、このチョコレートは、ドミニカ共和国産のカカオ豆を輸入し、イオンの協力工場で製造される。「国際フェアトレードラベル機構(Fairtrade Labelling Organizations International:FLO)」による認証を受けたこのチョコレートは、カカオ豆の国際取引相場より高い買取り価格を生産者に保証することによって、生産者の暮らし向きを改善している。また、一般的に、カカオ豆やコーヒー豆を栽培する農園では、農薬の過剰散布や児童労働が横行しがちであるが、フェアトレードを実践することによって、こうした反社会的な行為を抑制する効果が期待できる。一方、チョコレートの購入者も、より安心・安全な食品を購入する機会に恵まれる。このように、フェアトレードは、生産者(その大部分は途上国の貧しい農園経営者)と購入者(富裕国や新興経済諸国における豊かな消費者)が連帯して「社会性を体現した商品およびサービス」の普及に努め、富裕国と途上国間の格差を緩和する取組みにほかならない。
化石燃料の枯渇の危機や二酸化炭素排出による地球温暖化問題との関わりで、自動車産業は脱ガソリン車の開発競争の渦中にある。その中にあって、内燃機関と電気モーターを併用するハイブリッド型自動車が国内外で注目を集めている。このハイブリッド車は、単に燃費に優れるというだけの商品ではない。トヨタの場合で言えば、「ハーモニアスドライビングナビゲーター」によって、車載モニターがドライバーのエコ運転を支援する仕組みになっており、エコドライブを実践するほどポイントが付与され、貯まったポイントを日本ユネスコ協会連盟の「プロジェクト未来遺産」に寄付することもできる。こうしたトヨタの取組みが、ハイブリッド車をソーシャルプロダクツにしているのである。
このように、ソーシャルプロダクツとは、具体的な生産物やその性能にとどまらず、原料調達、生産工程、流通経路やアフターサービスに至るまでの、事業を構成する要素の一つ一つが社会的意味をもつビジネスモデルなのである。
「トリプル・ボトムライン(Triple Bottom Line、3BL)」という言葉をご存知だろうか。英国のコンサルティング会社の造語と言われるこの用語の意味するところは、企業を財務面のみで評価するのではなく、環境面と社会面を含め、総合的に評価すべきであるということにほかならない。今日の株主重視経営の時代にあっては、企業の評価基準はどうしても収益性に偏りがちである。しかしその一方で、地球環境問題はますます深刻化しており、富裕国においても、新興経済諸国においても、所得や生活面での格差が拡大している。したがって、このような時代にこそ、企業の社会性評価が新たな時代を生み出すための評価基準としてきわめて重要なのである。
これまで、われわれ消費者は、商品の購入の際に、商品の機能・性能と価格を選択の基準としてきた。また、現代の日本社会においては、長期におよぶデフレ経済の下で「安い」「お得」ということが最優先の購入動機になっている。しかし、これからは、価格のみで商品価値を判断するのではなく、その製品がどのように造られているのか、どのような仕組みでビジネスとして成り立っているのか、という視点が必要ではないだろうか。優れた商品に思えたとしても、原料や製造過程に反社会的な要素が潜んでいるかもしれない。したがって、ソーシャルプロダクツを普及させるためには、社会性に優れた良品を率先して購入する「倫理的消費者」や、良品に関する情報を社会に広める役割を担う「オピニオンリーダー」を育成することが何より重要である。そして、このような取り組みを通じて、成熟した、真に豊かな、消費社会が創られると期待したい。