トップ>オピニオン>韓国からの留学生減少によせて - 雑感 -
河合 久 【略歴】
河合 久/中央大学商学部教授(商学部長)
専門分野 会計学、経営学、情報システム学
今年の7月上旬、私は韓国ソウル市内の2つの日本語学校を訪問し、日本に留学を希望する韓国人生徒を対象にした模擬授業をしてきた。この訪問の主たる目的は中央大学の紹介にほかならないが、直前(6月23日)の日本経済新聞の「留学生が来ない」というネガティブな記事を目にしていただけに、不安を抱えての渡航であった。模擬授業により留学希望者は大学選択のための判断材料の一部を感受できるだろうが、「はたして日本語による会計理論の講義が通じるのか?」という心配もあって、足の骨折を押しての出張は私の足取りをいっそう重くした。
各校とも30人ほどの小規模な模擬授業であったが、会計理論の話はともかく、「笑い」を取りたいクダリは通じたようで、受講生の多くが笑顔で声を出して応えてくれた。受講生の日本語能力が高いのである。ここに日本への留学を希望する韓国の高校生の進学事情を垣間見ることができる。今回の訪問で初めて知ったのだが、韓国の高校生は進学方針と態度を高校2年生には概ね決めるそうである。韓国の大学に希望進学先を見出せない場合、その時点で留学を考え、次に留学先(国)を決め、目的の外国語学校に通い始める。日本語学校を予備校に選ぶ高校生は既に、2年後には日本の大学に進学することを明確に決める傾向が強いという。そのような留学生は渡日後に日本国内の日本語学校に通う必要はない。講義に対する心配は杞憂に終わったが、私は結局、日本への留学を希望する高校生の確固たる意志によって救われたことになる。
だが、これに喜んだのは束の間であった。日本経済新聞(同記事)で指摘された韓国人留学生の減少要因は東日本大震災と円高である。事実、訪問した日本語学校(1校)の今年の在籍者数は震災前(2010年)から約42%減少したそうだ。韓国の高校生の進学態度からして、日本語学校の在籍者数の減少はそのまま2年後の日本への留学生減少に直結する。留学を決めても日本語学校に通わない高校生は他国に向かうのだろう。小ぢんまりとしたクラスの和やかな雰囲気は、皮肉にも中央大学への留学生減少を予感させることになった。
e-国指標(翻訳:日本学生支援機構 韓国事務所)によれば、韓国人の国外留学者数は2011年4月において約28万9千人で、2006年4月の約1.5倍となった。その主要な留学先(国)はグラフ1に示すようにアメリカと中国が圧倒的に多い。日本への留学生も震災前の2010年4月までは緩やかな増加傾向にあったが、震災後の2011年4月には下降に転じ、オーストラリアと逆転したことがわかる。2010年4月からの1年間で韓国の国外留学者数は4万人近く増加したが、その多くがオーストラリアとフィリピン(約3万人増)に向かった。
一方、日本留学試験受験者数の推移はグラフ2のとおりである(日本学生支援機構の資料から作成)。やはり震災を境に顕著な減少傾向を看取できる。今年(2012年)6月の全受験者(韓国人以外も含む)は震災前の2010年6月に比べて約31%、うち韓国の試験会場での受験者は約16%減少した。円高に代表される経済的背景もあるが、現地日本語学校の分析による最大の減少要因は、留学希望者とその親に放射能汚染への不安が根強いことである。この不安が払拭されないと、少なくとも今後2~3年にわたり減少傾向は更に進みそうである。
中央大学は25ヶ国から750人の留学生を受け入れており、そのうち韓国からの留学生は229人(約30%)である。彼らの卒業後の進路を見ると、韓国と日本を中心に産業界、自治体、教育界などでの活躍には目覚ましいものがある。また、韓国内では卒業生同士のネットワークを基盤にした現役留学生への支援も活発である。この点を取り上げれば、韓国からの留学生の受入れの意義は留学生と大学(日本人学生を含む)双方にとって大きく、中央大学は主観的には良好な教育効果(教育実績)を上げてきたといえよう。
他方、「大学開国」と称されるほど今の日本の大学には国際化への対応が強く求められている。一般的に求められる対応は大学側の教学上の体制と内容に関するものであり、英語による授業展開、学生の語学運用能力の向上、奨学金の充実、学生間交流の場の提供などである。それらは確かに外国人留学生の受入れ数と日本人学生の国外派遣数に影響するので、中長期的な展望に立った対応を推進すべきであるが、確実視される韓国からの留学生減少を打開するだけの直接的な解決策とはならないだろう。また、その減少の主要因とされる「放射能汚染への不安」は、経済的、政治的要因と同様に大学の守備範囲を超えていて、簡単には払拭し難い問題である。だからといってこれを放置することは、過去に積み上げてきた入試政策や教育上のノウハウ、国際寮のような物的資源、人的ネットワークなどの更なる拡充にとってブレーキとなりかねない。韓国からの留学生減少に歯止め をかけるための対応が今後の大学の国際化の成否さえも占う、と受け止めることは飛躍しすぎだろうか。
今回の韓国訪問に同行した中央大学入学センターの吉原瑞穂氏は、「母国で日本語教育を受け、高校卒業と同時もしくは卒業後1年以内に日本の大学(大学院)への留学を目指す優秀な学生を受け入れるためには、渡日前入試を含めた多様な入試制度の検討が必要ではないか。また、東日本大震災と円高の影響を受け、韓国から日本留学を目指す学生が激減している中で、日本留学および本学の魅力を発信していくための方法として、海外における模擬授業、説明会等にも積極的に取り組んでいきたい。」と語ってくれた。私もこれに賛成で、入試政策上のノウハウの伸長過程に「放射能汚染への不安」の軽減に繋がる対策を積極的かつ早急に織り込む必要を感じる。加えて、留学生減少に危機感を持つ大学が本学だけでないなら、日本の大学全体を挙げて(例えば日本私立大学連盟から)、あるいは賛同してくれる大学との共同で、現在ほとんどすべての日本の大学が震災前と変わらぬ教育とサービスを展開していることを、現地説明会とマスコミに対して強く発信すべきであろう。最後に、訪問した日本語学校のスタッフの弁を紹介しよう。
「韓国内の受験生の増減推移が日本内の受験生(=韓国人)より遅いのですが、その理由は日本の大学に対する情報の接近性が日本内の受験生より遅いからです。…<中略>… 今後日本の大学の積極的なマーケティングで日本の大学に関して広報をすれば、より肯定的な方向に減少推移が安定化されて、また増加推移に転換されると判断します。積極的なマーケティングの方法は、韓国内での大学説明会の周期的な開催で、日本の大学の長所と卒業後の進路に対する積極的な支援方案など、日本がもっている全般的な長所を浮き彫りにして広報をすることです。また、2009年以降の韓国はまだ円高為替の影響下にあるため、経済的な恵み(学費減免、奨学金制度、寮の支援など)に関する政策を立てれば、より多くの留学生の留置が活発になると判断します。」