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トップ>オピニオン>原発事故の防止策だけでは安全は守れない~ 原発のリスク管理と危機管理 ~

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佐藤 雄也

佐藤 雄也 【略歴

原発事故の防止策だけでは安全は守れない
~ 原発のリスク管理と危機管理 ~

佐藤 雄也/中央大学大学院公共政策研究科教授・理工学部教授
専門分野 リスク管理・危機管理

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安全は、条件付きである

 「安全でないから、リスクがある」と思っていませんか。本当は「安全だから、リスクがある」のです。安全だと思っているから、安心していられるわけですが、実は無条件で安全ということはありません。車はブレーキが利くという前提条件付きで安全なのです。利かなくなる可能性がリスクなのです。リスクとは安全の前提条件が機能しなくなる可能性のことをいうのです。ブレーキが故障している車は、危険なので初めから乗りません。安全と思って行動するからリスクが付いて回ることになります。

 「リスクのないことが安全である。」と誤解している事例があまりにも多いのです。この誤解が「安全だからリスクがない。」という安全神話が生まれるもとになります。その結果が東電の“想定外の原発事故”です。そうではなくて、安全を確保するためにできるかぎりリスクの発生を防止すること(リスク管理)が大切なのです。

リスク管理だけでは安全は守れない

 それでは「当ホテルは防火建築です。防火対策には万全を期しておりますので、非常口もスプリンクラーも設置しておりません。どうぞ安心してお泊まりください。」とホテルのフロントで言われたら、貴方は安心して泊まることにしますか。いくら防火建築でも非常口もスプリンクラーも付いていなかったら、心配になりませんか。

 この場合、防火建築は火災防止対策でリスク管理に対応します。非常口やスプリンクラーは、火災が発生したときの被害の拡大を防ぐための対策で、危機管理に対応します。貴方は火災防止対策だけで安全対策が万全だというホテルよりも、非常口やスプリンクラーも付いているホテルを選択すると思います。火災のリスク管理だけでは不十分で、火災発生時の危機管理もあってはじめて安全対策といえるのです。

原発の安全対策

 原発は、多重防護の考え方に立って安全対策がとられています。日本は3層の多重防護の考え方をとっているのに対して、IAEA(国際原子力機関)基準等の国際基準は5層の多重防護の考え方をとっています。

 日本の基準は、原子炉のメルトダウンのような過酷事故(シビア・アクシデント)を防止するため、第1層(異常の発生防止)ではフェイルセイフ設計、インターロックの採用、バックアップ系統の採用等、第2層(異常の拡大防止)では原子炉の緊急停止装置等、第3層(事故時の影響の緩和)では緊急炉心冷却装置や原子炉格納施設の設置等、各層別にリスク管理について規定しています。しかし、過酷事故が起きた場合の危機管理については規定していません。

 これに対してIAEA基準等の国際基準では、過酷事故防止対策(リスク管理)に加えて過酷事故発生時の原子炉に対する危機管理(第4層)と過酷事故を起こした原発の周辺地域に対する緊急避難等の危機管理(第5層)についても規定しています。

 大飯原発の再稼働を巡る安全確認の議論は、福島の原発事故のようなことは絶対に起きないか、といったもっぱら原発の過酷事故防止対策(リスク管理)の有効性に止まっているのではないか。例えば国際基準が定めるメルトダウンが発生したときの原子炉に対する電力会社の対応措置(第4層)と周辺住民の避難手段の確保等(第5層)の有効性について電力会社や関係自治体、国との間で具体的に十分検証が行われていないとしたら、日本の原発安全基準は国際基準にほど遠いことになります。

安全性は危機管理で判断すべき

 前述の非常口やスプリンクラーの無いホテルの例のように、安全対策が十分かどうかは、リスクが現実のものとなったときの危機管理が十分かどうかで安全性を判断すべきなのです。

佐藤 雄也(さとう・かつや)/中央大学大学院公共政策研究科教授・理工学部教授
専門分野 リスク管理・危機管理
1942年東京都生まれ。
東北大学理学部卒、同修士・博士課程修了、理学博士。
環境庁入庁後、(社)土壌環境センターを経て2005年4月より現職。
専門はリスク管理・危機管理で、リスク・コミュニケーションのあり方を熱心に説いている。主な著作に
・「環境リスク管理の新しい手法」(共訳、解説)、『化学工業日報社』、1998年
・「環境アセスメントとリスク管理」、『リスク学事典』、TBSブリタニカ、2000年
・「リスク・コミュニケーションを始める前に ーリスコミの基本概念ー」、『資源環境対策』 44巻15号、2008年などがある。