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長谷川 聰哲

長谷川 聰哲 【略歴

消費税引き上げによる低所得層の負担をどう軽減するか

長谷川 聰哲/中央大学経済学部教授
専門分野 国際経済政策、マクロ動学型産業連関分析

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社会保障との改革一体化に沸く消費税引き上げ論議の死角

 国会での消費税引き上げ法案の審議が大詰めを迎えつつある。与野党の協議は、社会保障制度の一体改革関連法案の採否に焦点があたってきた。

 わが国の国債発行残高は、2011年度末で789.9兆円、その対GDP比率は162%である。財政を健全化させ、世界的に規模にまで膨らんだ国債発行残高を削減させ、加えて年金基金を確保し受給者の不安を払拭させようとする改革に向けて、現政権がその命運をかけようとしている。はたして、この改革論争に死角はないのだろうか。国会での議論とは別に、この問題について何人かの経済学者とこの案を議論してきた。消費税引き上げにより生じる低所得層のこうむる影響の逆進性についての問題を指摘し、低所得層の基本的家計消費の負担増をどう保障し、救済できるか、改革案として一石を投じてみたい。

 森信茂樹氏の論考(2009年)によると、消費税導入の改革に合わせて、1988年度の補正予算には、臨時福祉給付金等(543億円)、臨時介護福祉金(102億円)、そして、税制面では所得税の控除額引き上げ、配偶者特別控除引き上げ、特定扶養控除の創設、老年者控除の引き上げ、老人配偶者控除・老人扶養控除の引き上げ、公的年金等控除の創設などによって、高齢者世帯の税負担の軽減措置が採用されているとの説明がなされている。

 また、消費税が3%から5%に引き上げることが決まった1996年度の補正予算では、臨時福祉給付金(321億円)、臨時介護福祉金(1,016億円)、加えて、高齢者・障害者在宅福祉等整備基金への出資金(500億円)、社会保障措置として、年金等の物価スライド対策(1,000億円)、老人介護対策(3,000億円)、必要最小限の少子対策(1,000億円)に1997年度財源からの充当。そして、老人介護対策(1995年度1,000億円、1996年度2,000億円)を計上した。さらに、所得税少額納税者への基礎控除、配偶者控除及び扶養控除の引き上げ、特定扶養控除の引き上げ、老人配偶者控除、老人扶養控除の引き上げ措置などが盛り込まれてきたと整理する。

 こうした我が国の消費税導入と引き上げにあたる弱者への救済策には、欧米の政策といささか異なる手法が採用されてきたことが知られている。

EUの標準付加価値税率の軽減に利用されるHS分類

 さて、EUの消費税にあたる付加価値税(参考:EU、2012年1月時点)は、標準税率としてキプロスとルクセンブルグのような低い15%に設定している国もあるが、概ね19%から27%に設定されている。フランスでは19.6%、そしてドイツは19% である。低所得層にとっては、所得に対し、また消費総額に対して、基礎的な消費の占めるウエイトは高い。この標準税率のままでは、低所得層にとって負担が大きいことから、基礎的消費の財貨・サービスには、軽減税率が適用されている。上記の森信(2009)とEU(2012)にしたがい、ドイツ、フランスの軽減税率の対象財貨・サービスを示すと、以下のような分類となる。

 フランスでは、標準税率は19.6%であるが、軽減税率の対象として、(1)食料品、(2)上水道、(3)医薬品、(4)障害者用の医療器具、(5)旅客輸送、(6)書籍、(7)ショー、映画、劇場の文化的サービスの入場料、(8)有料テレビ、ケーブルTV、(9)作家、作曲家、等の著作権の提供、(10)住宅の供給・建設・改築等、(11)農業への投入財、(12)ホテルの宿泊、レストラン、ケータリング・サービス、(18)廃棄物処理、道路清掃、ゴミ収集に5.5%、7%が適用され、超軽減税率として、(3)医薬品、(6)新聞・刊行物等に2.1%が適用される。

 また、ドイツでは、標準税率が19%、軽減税率は7%と2種類の税率構造である。軽減税率の対象には、(1)食料品、(2)上水道、(4)障害者用の医療器具、(5)旅客輸送、(6)書籍、新聞、定期刊行物、(7) ショー、映画、劇場の文化的サービスの入場料、(9)、作家、作曲家、等の著作権の提供、(11)農業への投入財、(12)ホテルの宿泊、(13)スポーツ行事への参加料、(15)社会福祉団体によるサービス、(17)医療、歯科医療が選ばれ、7%に設定されている。

 こうした欧州における軽減税率の導入は、それら諸国の税収の圧迫につながってはいないのだろうか。下記に示した消費税に関連する指標から比較する限り、2009年におけるOECD全体の対GDP租税収入比率の平均は33.8%であるのに対して、わが国は26.9%と、わが国の負担は国際的にみて少ない。また、社会保障を除いた税収比率ではOECD平均が24.6%に対し、日本は15.9%となっている。1人当たり税収額でもOECD平均額から2割低く、フランスやドイツの租税負担と較べて、フランスの6割、ドイツの7割にとどまる。

 EU諸国のように消費の軽減税率が導入されていても、総課税中の消費税の割合や消費税の対GDP比率で比較してみると、日本のその課税負担率は極めて低いことが分かる。

消費税関連指標の国際比較(2009年)
 
日本
フランス
ドイツ
OECD平均
租税収入総額の対GDP比率
26.9
42.4
37.3
33.8
租税収入総額の対GDP比率(社会保障額を除く)
15.9
25.7
22.9
24.6
財貨・サービス(5000)への課税の対GDP比率
5.1
10.8
11.1
10.7
総課税中の財貨・サービス(5000)への課税の割合
19.1
25.1
29.7
32.5
消費税(5100)の対GDP比率
4.5
10.3
10.7
10.1
総課税中の消費税(5100)の割合
16.9
30.4
24.4
30.6
一般消費(5110)への課税の対GDP比率
2.6
7.1
7.5
6.7
総課税中の一般消費(5110)への課税比率
9.6
16.8
20.1
20.0
総課税中の付加価値税(5111)への課税比率
9.6
16.1
13.5
---
1人当たり税収額(米ドル表示)
10,697
17,752
15,035
12,747
備考:OECD(2011),『租税収入統計1965-2010』に基づき筆者が作表した。
   5000,5100,5110,5111の分類コードは、OECDの統一分類基準である。

国際取引を識別するHS分類コードを導入すべし

 こうした軽減税率適用にあたって、対象財貨・サービスはどのように特定したらよいのか。実はEUの軽減税率の適用選別にあたって、HS分類が採用されていることは、わが国ではあまり馴染みがないようである。HS分類とは、1952年に設立されたWCO(世界税関機構)が、WTO(世界貿易機関)協定の原産地規則及び関税評価に関する規定や商品の名称及び分類についての統一システムに関する国際条約(HS条約)の実施を促進するために整備しているコード表、すなわち、「商品の名称および分類についての統一システム」という国際的に取引される商品のデータベースのことをいう。現在では、206か国・地域が採用するこのHS分類コードは、WTOに加盟国が譲許税率を義務として報告する際に使われる財貨・サービス分類のコードである。HS分類コードは、世界の経済取引を識別する上で極めて重要な役割を担っており、多国間、地域間での貿易の自由化交渉においても利用されてきた国際公共財なのである。現在、HSコードでは、20万件を上回る財貨・サービスの特定を可能にする区分が定義されている。

 EUの付加価値税適用における軽減制度には、このHS分類が採用されている。わが国が、かりにEU方式の軽減税を導入するとした場合には、HS分類を利用した対象の絞り込みをする作業が必要となる。基本的に、HSのコードはすでに存在し、通関業務に利用されているのだから、それほど煩雑な作業を抱え込む必要はない。ただし、低所得層に、基礎的な消費の負担を軽減させるという目的であるからには、わが国特有な消費のコンテントについての社会的なコンセンサスがえられる絞り込み、選定作業が必要となることは言うまでもない。消費税の導入時期までを勘案しても、そうした準備にかける時間はいまだ残されている。

参考文献:

森信茂樹「消費税の逆進性対策を考える」会計検査研究 No.40,2009年9月。
EU『EU加盟国の実行付加価値税率』2012年1月。

長谷川 聰哲(はせがわ・としあき)/中央大学経済学部教授
専門分野 国際経済政策、マクロ動学型産業連関分析
【経歴】
1948年北海道に生まれ。慶応義塾大学大学院博士課程(国際経済学専攻)修了。
拓殖大学助教授、ハ-バ-ド大学経済学部・同国際問題研究所、ブランダイス大学客員研究員、中華人民共和国陝西財經學院、北京大學、清華大学客員教授を経る。この間、財務省(大蔵省)税関研修所、国際基督教大学、横浜国立大学兼任講師などを歴任。現在:中央大学経済学部教授
【所属学会】
日本国際経済学会、
American Committee on Asian Economic Studies(米国アジア経済研究学会)
環太平洋産業連関分析学会(PAPAIOS)INFORUM(メリーランド大学産業連関予測学会)
国際産業連関分析学会(International Input-Output Association)など
【近年の主な研究業績】
『国際経済学』(共著)、東洋経済新報社、1997年。
『APEC地域主義と世界経済』(共編)中央大学出版部、2001年5月。
C.アーモン著『経済モデルの技法』(共訳著)日本評論社、2002年4月。
『アジア経済のゆくえ』(共著)中央大学出版部、2005年7月。
「グローバル社会の温室効果ガス排出削減の枠組み」『わが国経済の構造変化とCO2排出』第1章、国際貿易投資研究所、2010年3月。
長谷川聰哲編著(2011),『APECの市場統合』(編著)、中央大学出版部、2011年。
長谷川聰哲他(2012),「アジアの産業構造と相互依存」(共著),産業連関、Vol.20,No.1、2012年。