Chuo Online

  • トップ
  • オピニオン
  • 研究
  • 教育
  • 人‐かお
  • RSS
  • ENGLISH

トップ>オピニオン>ドイツ成年者世話法から学ぶもの

オピニオン一覧

新井 誠

新井 誠 【略歴

ドイツ成年者世話法から学ぶもの

新井 誠/中央大学法学部教授
専門分野 民法、信託法

本ページの英語版はこちら

I はじめに

 わが国では総人口1億2千万人に対して法定後見制度の利用者が約20万人であるのに対して、ドイツでは総人口8200万人に対してわが国の法定後見制度に相当する世話制度の利用者が約130万人となっており、わが国の約6.5倍の利用件数があり、しかも利用件数は毎年約10%増加している。本稿は、ドイツの成年者世話法がかくも利用されている要因を探り、わが国の成年後見制度の今後の方向性を見出そうとするものである。

II 成年者世話法の特徴

 世話制度の最大の特徴は、次の諸点にある。

 第1は、保護機関たる世話人の選任があっても、それは直ちに本人の能力制限を帰結することにはならず、個々の事例に関して必要な場合に限って(かつ、必要な範囲内に限って)、裁判所が世話人に同意権を付与するという、「同意留保」制度を導入した点である。

 第2は、身上監護事項の重視である。世話人は、各自の職務範囲内において、単なる財産管理人としてのみならず、本人の身上監護事項に関する法的コーディネーターとしての役割をも期待されているのである。ただし、これは、世話人が自ら事実行為としての介護行為や看護行為を遂行しなければならないことを意味しているわけではない。むしろ、ドイツ法上では、世話人の職務は世話事項の法的処理に限定されているのである。なお、この点を明文上より明確にするために、1999年の世話法改正法は、世話の名称を「法律上の世話(Rechtliche Betreuung)」と改めた上で、「世話は、被世話人の事項を以下の規定に従って法的に処理するために必要となる全ての活動を含むものとする」という新規定(ドイツ民法新1901条1項)を置いた。

 第3は、重要な身上監護事項に関する公的監督に関する規制の導入である。生命の危険を伴う医療行為、不妊手術、施設への収容並びに収容類似措置、住居の明け渡し等については、世話人の事務処理に際して、厳格な実定法上の要件と結びついた世話裁判所の許可を要求している。

 第4は、本人(被世話人)の意思尊重の問題である。世話法の基本理念は自己決定権の尊重にある。従って、世話事項の遂行にあたっては、被世話人の福祉に反しない限り、被世話人の希望と意見が優先されなければならないし、世話人は被世話人を一個の人格として尊重し、被世話人と協議しながら、事務処理を実行していく必要があるのである(ドイツ民法新1901条2項、3項)。

III 支援組織

 ドイツ成年者世話法運用上の大きな特徴は、世話制度が福祉行政および民間の世話協会によって支えられ、裁判所は両者の支援を得て機能するようになっている点である(図参照)。

 自治体の世話担当課とは、福祉行政を担う自治体の担当課(世話官庁、世話署)のことであり、担当職員は本人の調査やふさわしい世話人の推薦等を行う。世話協会は民間の組織である。世話協会はNPOや宗教法人によって運営され、社会福祉や法律家が常勤しており、ボランティアである名誉職世話人の教育や監督も行う。世話裁判所は自治体の担当課および世話協会との連携を得てその職務を遂行している。

 このようないわば三位一体の関係は法律によって明確に位置づけられている。行政、民間、司法が一体となって世話制度を推進しているのであって、わが国の成年後見制度を新に機能させるためにはドイツ型支援組織から学ぶものは多い。

 また、このような世話制度のネットワークの中での名誉職世話人の活動も顕著である。

IV 小括

 わが国でも2000年4月に新しい成年後見法が施行されたが、その利用は低迷しており、内容においても抜本的に改善すべき点が多い。

 ドイツ成年者世話法が大いに利用されている最大の理由は、既述のように、支援組織によるバックアップにある。しかも、それが法律上明確に規定されている点が重要である。わが国ではこの点の対応が決定的に不足している。

 ドイツの実践はわが国成年後見法の方向性を示唆しているのではなかろうか。具体的には、わが国の成年後見制度に関しては3つの提言が可能であろう。

 第一に、成年後見制度を利用させるための支援組織の設立が急務である。裁判所の運営をサポートする(福祉)行政と民間の支援を制度化すべきである。そして、支援組織の設立こそがわが国がドイツの実践から最優先に学ぶべきものではなかろうか。

 第二に、成年後見人の担い手の拡大が急務である。専門職後見人の確保、市民後見人の養成、親族後見人への一層の指導監督がなされるべきである。

 第三に、身上監護事項を明確に規定することが急務である。とりわけ成年後見人への医療同意権の付与は不可避の課題ではないのであろうか。

新井 誠(あらい・まこと)/中央大学法学部教授
専門分野 民法、信託法
新潟県出身。1950年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。1979年ミュンヘン大学法学博士。千葉大学、筑波大学等を経て、2011年より現職。
日本成年後見法学会理事長、信託法学会常務理事。
2006年フンボルト賞受賞、2010年ドイツ連邦共和国功労勲章1等功労十字章受章。
現在の研究分野は、法律行為概念の再生、高齢社会における信託制度の活用、成年後見制度利用促進の理論構築。
主要著書に「信託法(第3版)」(有斐閣、2008年)、「信託法制の展望」(共編著、日本評論社、2011年)、「成年後見法制の展望」(共編著、日本評論社、2011年)等がある。