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橋本 基弘

橋本 基弘 【略歴

解散権の限界

橋本 基弘/中央大学法学部教授
専門分野 公法学

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1.解散総選挙は可能か

 衆議院の解散総選挙が近いと言われている。しかし、すでに多くの識者が指摘するように、このままでの解散総選挙は憲法上問題が多い。

 昨年3月23日、最高裁大法廷は、衆議院選挙小選挙区制で採用されている1人別枠方式による定数配分により、選挙区間の較差が違憲状態を生じさせていると判断した。これまで同様選挙自身は無効とするのを避けたものの、国会に定数不均衡の是正を求めたのであった。仮に、この状態が是正されないまま解散総選挙となれば、最高裁大法廷が完全に無視されるだけでなく、明らかな違憲状態を認識したまま、もう一度憲法に違反する総選挙が行われることになる。

2.憲法と衆議院の解散

 衆議院の解散について憲法がはっきりと定めているのは69条による場合である。この場合、内閣は不信任案の可決に対する対抗措置として衆議院を解散する。しかし、69条による解散は日本国憲法史上きわめて少ない。解散のほとんどは、天皇の国事行為に関する規程である7条を根拠として行われている。なぜそれが可能なのかについては諸説あるが、主権者である国民の民意を聞くという民主的な要素を強調する点では一致を見ている。解散権は内閣にあるが(内閣総理大臣にあるわけではない)、内閣は閣議で解散を決める。閣議決定は全員一致を要するから、解散に反対する閣僚がいた場合、内閣総理大臣はこの閣僚を罷免して閣議に臨む。

 では、民意を問う必要があるならば、内閣はいつでも衆議院を解散できるのであろうか。憲法上解散できない場合はないのか。この点に関し、かつて最高裁大法廷は、衆議院の解散などというものはおよそ政治的なものであり、法律問題となるにしても裁判所が審査すべきではない事柄であるとして、訴えを退けた。いわゆる「統治行為」論である(最大判昭和35年6月8日)。この点だけを見ると、たとえ憲法に違反する衆議院の解散が行われたとしても、それを違憲と判断することは誰にもできないように思われる。もちろん、衆議院の解散を受けて行われた総選挙の効力について判断することは別問題である。違憲であることを知りながら、是正を怠り、あえて総選挙を実施したとなれば、これまでから一歩進んで、選挙自体が無効であると判断することも十分あり得えよう。

3.解散権の限界

 しかし、私は、解散権そのものが憲法により制約を受ける場合があると考えている。解散権は、主権者国民の意思を国会に反映させる手段であるからこそ広く認められていたのである。仮に、国民意思の反映方法が違憲であると判断されている場合、国民意思を確認することを理由とした解散は意味をなさない。先の昭和35年判決は、解散権の行使に司法判断が及ばない理由を「最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである」ことに求めている。国民の政治判断が正常に機能しない状況で、しかも是正のための時間も十分あったにもかかわらず、これを放置したまま解散総選挙に踏み切ることは、もはや「統治行為」のらち外にあるというべきである。

 たしかに、議員定数不均衡が違憲状態にあるとの判決が下されているにもかかわらず、衆議院が解散された事例が過去一度だけあった(最大判昭和58年11月7日)。しかし、この時は判決から総選挙までわずか40日しか経過しておらず(選挙が行われたのは昭和58年12月18日であった)、今回の状況とは根本的に異なる。また、今回は、単に一票の格差が違憲状態にあることを越え、1人別枠方式という定数配分自身が憲法違反であるとの判断がなされていることが重要である。定数配分が不平等であるとの判断を越え、選挙方法自体が憲法違反だと言われているのである。

4.憲法違反の解散?

 解散権が憲法上の制約を受けないのは、国民意思の反映方法が健全で、その結果が国民の意思を民主的に反映できていることが前提である。民意をインプットするプロセスが健全に働かないなら、そこを通して表明される国民の意思(アウトプット)は健全ではない。憲法上見過ごせない較差が投票価値に生じているとき、これを放置したままで民意を問うても、民意が反映されたことにはならない。

 今回、この判断が無視されるとすると、それは重大な憲法違反であり、憲法秩序を否定する結果を引き起こすおそれがある。それは、国会議員の憲法擁護義務にも違反する(99条)。憲法違反の選挙制度をもう一度用いて選挙をすることは憲法違反の拡大再生産であり、あえて憲法違反を重ねるための解散権行使は憲法の認めるところとはいえない。

橋本 基弘(はしもと・もとひろ)/中央大学法学部教授
専門分野 公法学
徳島県出身。1959年生まれ。1982年中央大学法学部法律学科卒業。
1989年同大学院法学研究科公法専攻博士後期課程単位取得。法学博士。
高知県立高知女子大学助教授・教授を経て2004年より中央大学法学部教授。
2009年に法学部長に就任し、現在に至る。
現在の研究・活動分野は、憲法における個人と団体の位置付け、現代社会と情報の自由、条例制定権をめぐる諸問題など。
主な著作に、『近代憲法における団体と個人』(不磨書房・信山社)、『プチゼミ憲法1(人権)』(法学書院)、『よくわかる地方自治法』(共著、ミネルヴァ書房)、『憲法の基礎』(北樹出版)、『国家公務員法の解説』(共著、一橋出版)などがある。