「ものづくりは、もう日本ではムリ」
「ハードウエアはコストの安い韓国や中国でしかビジネスは成り立たない」
「アップルはサービスの会社だ」
「製造業ではなく、音楽配信などのサービスが利益を生む」
最近はとかくハードウエアや「ものづくり」に対する風当たりが強い。私が研究している半導体だけでなく液晶パネルやテレビの製造でもアジアの企業の台頭が著しい。厳しい価格競争にさらされた日本企業のハードウエア事業は、縮小や撤退が相次いでいます。成長が期待される太陽光パネルの製造でも、世界市場でのシェア上位は既に中国企業に占められています。
日本でDRAMを製造する唯一の会社、エルピーダメモリは4480億円もの巨額の負債を抱え2月27日に倒産。エルピーダメモリの倒産に関してツイッター(@kentakeuchi2003)を通じて情報発信を行ったところ、この2カ月の間に8000人もの方にフォロー頂くなど、大きな反響がありました。エルピーダメモリに関するツイートは「竹内健氏が語るエルピーダ倒産の原因」というTogetterに纏められ、11万5000人もの方に読まれました。
その一方、アップルはSSD(Solid State Drive)やフラッシュメモリ用コントローラを手掛けるイスラエルのベンチャー企業アノビット・テクノロジーズを約400億円で買収しました。アップルといえばiPhoneやiPad、MacBook Airなどのハードウエアを開発、販売しています。アップルはもの作りよりも、デザインや製品の企画力、iTunesによる音楽配信などのサービスが注目されています。そのアップルがなぜ、ファブレス半導体ベンチャー企業を買収したのでしょうか。
今でも半導体や素材などのハードウエアはイノベーションを引き起こす大きな潜在力を持っています。ただし、単純なハードウエアはあっという間に、中国や韓国、台湾などの企業に真似をされ、価格競争に飲み込まれてしまう。
差異化のカギは、ハードウエアを活かしきるシステム技術。アノビットの例では、フラッシュメモリやSSDはiPhoneやMacBook Airなどに搭載されている重要な部品ですが、アップルが欲しいのはフラッシュメモリというハードウエアの潜在力を生かしきる、アノビットのシステム技術。
フラッシュメモリは携帯機器やパソコンのデータを蓄える、日本発のハードウエア。私は東芝にて15年間、大学にて5年間をかけてフラッシュメモリの技術を開発し、事業を立ち上げてきました。フラッシュメモリの開発ストーリーまとめた著書「世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記」(幻冬舎新書)はこの1月に出版され、Amazon.comのベストセラーランキング2位になるなど、多くの注目を集めています。
フラッシュメモリやSSDでは、メモリというハードウエアだけでなく、メモリを制御するシステム技術が重要になっています。フラッシュメモリは世界で最も進んだ微細加工の技術を使って製造され、2012年には10数ナノメートル(1ミリメートルの10万分の1)にまで微細化された製品が商品化されます。
微細化はメモリの容量が大きくなる利点はあります。その反面、1個のメモリの蓄える電子の数が減ったり、周囲のメモリとの間の干渉などにより、信頼性が悪化する欠点があります。メモリへの書き換えの回数が増えるに従って、メモリが壊れてしまうのです。10年前のフラッシュメモリが1万回書き換えることができたのに、最近のフラッシュメモリを書き換えられる回数は、数千回にまで減ってきています。
アップルが買収したアノビットが得意とするのは、壊れやすいフラッシュメモリの誤りを訂正するシステム技術(ECC:Error Correcting Code)。書き換え回数が増えてメモリに記憶されているデータが壊れても、壊れたデータをコントローラが修正する。その結果、3000回しか書き換えられなかったフラッシュメモリが、例えば6000回まで使うことができるようになるのです。
アノビットは巨額な投資が必要なフラッシュメモリの製造は手掛けず、フラッシュメモリを生かすためのコントローラに特化。フラッシュメモリの品質を2倍、10倍と高めることができるコントローラですが、開発には資金はさほど必要ありません。
誤りを訂正する優れたアルゴリズムさえ考えることができれば、ベンチャー企業でも大学の研究室でも、巨額な投資をせずに、コントローラの半導体チップの設計は可能です。そして、製造は台湾のTSMCやUMCといったファンドリ(半導体受託製造企業)に委託すればよい。
私も現在はフラッシュメモリの制御システムやコントローラの研究を行っており、アノビットはライバルです。半導体のオリンピックと言われる、この2月のISSCC(International Solid-State Circuits Conference)という学会で、竹内研究室はメモリの寿命を10倍伸ばすコントローラを発表し、内外のメディアに注目されました。この技術で私たちはアノビットを追い越したと思った矢先の、アップルによるアノビット買収報道でした。
アノビットのエンジニアの多くはMsystemsという、同じくイスラエルのコントローラのメーカーの出身で、かつて私が東芝に居た時に、フラッシュメモリのコントローラを共同で開発しました。知人・友人が10~100億円もの巨額な富を手に入れていくのは、驚きながらも、正直なところ、少し複雑な気持ちです。自分もベンチャーをやっておけば良かった…という後悔もあります。そして、次は自分がやる番だと。
以上で述べてきたハードウエアのシステム化のように、エレクトロニクス産業では、単に技術を開発するだけでなく、技術をビジネスに結び付ける、技術経営(MOT)が重要になってきています。私は日経BP社のホームページに、「竹内健のエンジニアが知っておきたいMOT」というコラムを連載し、MOT教育も行っています。
日本のエレクトロニクスは現在、旗色が悪いですが、あきらめるのは早い。日本が強みを持つハードウエア技術には、まだまだ大きな可能性があります。私はハードウエアを活かしきるシステム技術の開発やMOT教育を実践し、日本のエレクトロニクスの復興に結び付けたいと考えています。