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秋山 嘉

秋山 嘉 【略歴

『中央評論』特集「3・11複合災害と日本の課題」をめぐって

秋山 嘉/中央大学法学部教授
専門分野 英国近代散文文学、批評

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企画の経緯

 出版部発行の本学季刊誌『中央評論』では、この1月に刊行された最新の第278号で、東日本大震災の特集を組みました。

 2011年3月11日に発生した巨大地震・津波と福島第一原発事故は、ほぼ1年がたつ今もなお、私たちに様々なレベルで影響を及ぼすことをやめません。強い余震は今なお続き、原発の問題は文字通り日暮れて路遠しであり、物質的な生活面でも待ったなしの対応が必要な状況が続いていますし、精神面に対しても、時とともに癒えるという甘言など絶対許されないような影響が広がりかつ潜行して一層の深化を生じていると心配されます。

 生々しい直接的衝撃度という点では現在の幾層倍も激しかった昨年前半において、目の前で生成し行く状況に対して我々としても何らかの意見や姿勢を示したいと、そのような思いを抱いた本学の者も多く、そのひとりである滝田賢治教授の発案に、『中央評論』編集委員が強く共感したところからこの企画は始まりました。

 うぬぼれには違いなくてもそんなに独りよがりな自負ではないと思いますが、『中央評論』では毎回ユニークな特集を組んでいます(ぜひバックナンバーもお読みください。多彩な内容に驚かれること請け合いです)。大手マスコミ一般ではなかなか採り上げられない、あるいはこれまで忘れられ、見過ごされ無視されていた事柄について、少し落ち着いた地点から丁寧に取り組んでみることによってはじめて、そんな特集が可能になってきたと考えます。ただそのような、ある程度じっくり企画が組めるという利点と裏腹に、季刊誌つまり年4回の発行ということは、ひとつの制限としても作用します。なかなかタイムリーな、あるいは事象に即時に対応する企画を組むのは難しい、というのがそれです。今回の震災についてがまさしくその例となります。刊行までに3ヵ月を要するのでは即応性もなにもありません。(それどころか、実は半年や1年以上かけての企画も『中央評論』にあっては珍しくないのですが・・・)

 季刊誌という媒体が持つ、このような機動性や即応性の点での不利を覚悟の上で、それでも通常とは異なる企画をあえて組んだのは、やむにやまれぬ思いからですが、逆にそれほどに今回の大震災のもたらしたものが大きいということにほかなりません。

東日本大震災の複合災害性をとらえるために

 今回の地震・津波と原発事故は、天災的要因と人災的要因が絡み合った巨大な複合災害となりました。したがって、それについて取り組むためには多層的・多相的な対象として認識し多角的に分析しなくてはなりません。その観点から今回の特集は組まれています。

 天災、自然災害については実地に沿った具体的検討・調査が何より必要となるのは自明です。一方、人災の面について考えるには、まずこの災害を、原発を資源小国日本の経済成長のダイナモ(発電装置=駆動力)とする国是を奨励・推進してきたこれまでの日本の近現代の歩みが生み出した、「歴史的出来事」として捉えることが必須の前提です。その歩みを作ってきた大きな担い手は、歴代の中央・地方の政治組織、そしてメディアを含む「原発村」です。それらによって引き起こされた人災としての側面を考慮せずにこの問題を考えることはできません。

 このような問題意識のもとに、本学関係の各専門家(幾人かはすでにこの「オピニオン」欄に登場しています)に、3・11複合災害の主要な重要問題について考察してもらいました。以下に、その内容の概略を再構成的に紹介(執筆者敬称略)します。

(1) 震災の認識・分析・対策
・対策と対応についての問題点・論点の全体的整理を行う。(滝田賢治:法)
・財政的に弱体化しつつある現在の日本にあって、長期的な経済的展望のもとでの復興対応を提示する。(冨田俊基:法)

(2) 復興
・沿岸被災地での実地調査に基づき、公共交通など、居住環境面に着目して復興計画のための批判的検討を行う。(塩見英治:経)
・現地調査に基づき、被災地陸前高田のまちの再生計画を立てるに当たり、「グリーン・インフラ」という概念を用いて新しい社会モデルの提案をする(谷下雅義:理)

(3) 原発問題
・原子力専門家として原発研究に関わった経験に照らして事故の実態の詳細な分析を行い、事故をもたらしたこれまでの体制について批判的に検討する。(舘野淳:商・元)
・政府・東電など事故関係者の全体にはびこる隠蔽体質と説明責任の欠如を明晰にかつ厳しく指摘する。(奥山修平:法)

(4)これからに向けて―(A)代替エネルギーの取り組み
・自然再生エネルギー・代替エネルギーの推進に関し、太平洋ソーラーセル帆走筏プロジェクトの実践を通じて考察する。(國生剛治:理)

(5)これからに向けて―(B)首都圏地震と中央大学の役割
・ボランティアネットワークを立ち上げ、現地で復興支援と調査に関わってきた実体験を基礎として、そこからさらに、将来起こる可能性のある首都圏大震災の際、首都周縁部に位置する中央大学がいかなる役割・機能を果たせるかを検討する。(中澤秀雄:法)

2012年3月をむかえて

 上は簡単なリストですが、複合性をとらえるための多様性あるこの特集の一端はお分かりいただけたかと期待します。ぜひとも本誌を手にとってそれぞれのエッセイをお読みください。

 先週(2月末)、震災直後の官邸や関係諸委員会の対応記録に基づいて行われた検証結果がテレビのニュースで大きく報道されました。1年を経るここに来て、この問題についてまさにこれから事実関係を含めさらに多くのことが明らかになって行くであろうことが予想されますし、それとともに多くの事柄が分析されて行かなくてはならないであろうことが改めて痛感されます。

 震災特に原発について事実に関する情報の徹底的な公開をし、その上での的確な分析・議論が行われるのを強く望み求めるのは、今回の特集に関わった者のみならず誰しもの一致するところです。昨年秋段階で執筆された今回のエッセイはその意味で途中経過を示す中間報告・現状報告の面を抱えていることは確かですが、それぞれの執筆者がこれまでなしてきたことに基づいて考え語る声から、読む者も、自らの姿勢について大きな刺激(激励にもなり叱咤にもなり反省への要請にもなるでしょう)を受けることは間違いありません。

秋山 嘉(あきやま・よしみ)/中央大学法学部教授
専門分野 (特に17世紀を中心とした)英国近代散文文学、批評(ジャンル問わず)
静岡県出身。1955年生まれ。1979年東京大学教養学科(イギリス科)卒業。
1982年東京大学大学院英文学専攻修士課程修了。
中央大学法学部専任講師、助教授を経て、1994年より現職。
2001年より『中央評論』編集委員(現編集委員長)。映画研究会顧問。
主な訳書に、『ヘミングウェイ釣文学全集 下巻 海』(朔風社、1983年)、G・ジョシポヴィッチ『書くことと肉体』(紀伊國屋書店、1987年)など。