Chuo Online

  • トップ
  • オピニオン
  • 研究
  • 教育
  • 人‐かお
  • RSS
  • ENGLISH

トップ>オピニオン>TPP-検討にあたっては時間的・地理的に広がりのある視座で

オピニオン一覧

国松 麻季

国松 麻季 【略歴

TPP-検討にあたっては時間的・地理的に広がりのある視座で

国松 麻季/中央大学ビジネススクール(大学院戦略経営研究科)准教授
専門分野 国際経済法、対外経済政策

本ページの英語版はこちら

高まる通商政策への関心

 「TPP」と呼ばれる国際協定、正式には環太平洋経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)について、昨年から多くの報道がみられるようになりました。現在も、日本政府は交渉参加に向けて、すでに交渉に参加している各国との協議を続けており、その協議の進捗や、交渉の進展状況、国内産業への影響などについてさまざまな角度からの議論があります。このように、通商政策への世論の関心が高まったのは、世界貿易機関(World Trade Organization; WTO)の設立などを決めた「関税と貿易に関する一般協定(GATT)」のウルグアイ・ラウンド交渉が山場を迎えた1990年代前半以来のことかもしれません。

山場を迎える日本のTPP交渉参加

 現在行われているTPP交渉は、2006年に貿易自由化志向を持つシンガポール、ブルネイ、ニュージーランドおよびチリの4か国間で締結した自由貿易協定(Free Trade Agreement; FTA)が、金融サービスや投資などの内容を拡充するのを機に、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナムおよびマレーシアが加わり、9か国の間で行われているものです。日本をはじめ交渉参加を希望する国は、9か国全ての合意を取り付けなければなりません。TPPが対象とする分野は多くのFTAに含まれている物品の関税撤廃や削減、サービス貿易の自由化だけではなく、「非関税分野」といわれる投資、競争、知的財産、政府調達等のルール作りや、環境、労働、「分野横断的事項」などの新しい分野を含む包括的な内容となっています。こうした分野の多くは、すでに日本のFTA(EPA;経済連携協定と呼ばれる)にも含まれていますが、TPPでは国際的な約束の内容がより進んでいるといわれています。多岐にわたる分野の協定を作成するために2011年末までにすでに10回の交渉が行われてきましたが、交渉未参加の国にはTPPの条文案などは提供されず、得られる情報が限られています。そのため日本政府は国内でさまざまな立場からの意見を踏まえた難しい調整を進めながら、参加国と協議を行うという難しい舵取りを行っているところです。日本国内では、ときには誤解に基づく反対論もありましたが、日本政府と既存TPP交渉参加国との二国間協議を通じて確認される事実も多く、TPPに対する誤解が徐々に解消されたり、新たな論点が明らかになったりといったことがあります。日本のTPP交渉参加のための協議は山場を迎えており、わたしたちは引き続き関心を持って注視し、自らの立場から検討を行っていく必要があります。

TPPの検討にあたっては時間的・地理的に広がりのある視座で

 わたしたちがTPPについて検討する際、TPPを単一の今日的な事象として捉えると、方向性を見誤る可能性があります。

 戦後、日本は世界の自由貿易体制からどのような恩恵を受けてきたのか、日本の対外経済政策はどのように変化してきたのかという歴史を理解し、時間的な広がりのある視座を持つことが重要です。貿易立国である日本は、戦後、GATTとその後継機関であるWTOを中心とする多角的貿易体制の恩恵を受けてきました。GATT・WTOは今日に至るまで、物品貿易の自由化やルール整備はもとより、非関税障壁、サービス貿易、知的財産権などに規定対象を拡大し、国家間の紛争処理の機能も提供するなど国際的な貿易体制を支えてきています。しかし、加盟国が153カ国(ほどなく156か国となる見通し)に拡大したWTOでは新たな合意に至ることが困難となり、2001年から行われているドーハ・ラウンド交渉が妥結に至る兆しはありません。こうしたなか、国際貿易ルールを補完するFTAの重要性は増しています。特にTPPは、参加(予定)国の経済規模・貿易量や、内容の先進性からも、今後の貿易秩序の根幹となるでしょう。日本にはTPP交渉において米国の影響力を牽制しながら新たな秩序作りに貢献していくことが期待されます。その際、日米二国間対話でこれまで米国がどのような要望を提示し、それに対して日本がどのような対応をとってきたかを振り返ることで、過度な米国脅威論は退けられるはずです。自動車や医療保険なども、TPP特有の問題ではなく、従来から議論が積み重ねられてきた経緯があります。また、歴史から学ぶと同時に将来に向けての視点が必要であることも言うまでもありません。当面はWTOによる交渉に成果が期待できないことを前提に、TPP参加で考えうる短期的なデメリットとともに、TPP不参加による中長期的なリスクを冷静に斟酌する必要があります。

 また、TPPに関する検討に際し、TPP参加国だけではなく、中国や欧州など他国・地域と日本との関係も併せて考えるべきであり、地理的に広がりのある視座が必要となります。欧州連合(EU)は、日本がTPP交渉への参加検討を発表した後、日本との経済連携を積極的に模索する立場へと転じました。さらに、TPPに参加していない中国の保護主義的な動きを牽制する機能を、TPPに期待することもできます。

 TPPの政策的な影響については、貿易自由化への対策が必要となっている農業などの国内産業に対する政策を早期に立案・実行していくことは不可欠ですが、「海外勢力に日本が攻め入られる」ことに対する警戒感だけではなく、日本企業の海外展開の促進といった外向きの視点も取り込んでおくことによって、よりバランスのとれた検討が可能になると考えられます。日本と競合産業が多い韓国はEUとも米国ともFTA締結を進め、日本が水を開けられた状況であり、韓国企業が日本企業より有利な条件を享受する恐れがあります。しかし、たとえば米国に残存する高関税品目の扱いにおいて、米韓FTAによって韓国に比べて日本からの輸出の条件が不利になっている状況を、TPPを用いて回復することも可能になります。

 2010年11月にはFTAに臨む日本の方針として「包括的経済連携に関する基本方針」が閣議決定されました。このなかで、日本の取り組みの遅れを政府自らが認め、目指すべきゴールをAPEC21カ国・地域を包含するアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)であると定め、そこに向けた道筋の中で唯一交渉が開始されているTPPに対応していく必要があるとしています。この方針自体にも賛否両論があるところですが、わたしたちには、時間的・地理的に広がりのある視座での検討を行い、TPP交渉やその他の対外経済交渉に対する世論形成に参加してくことが期待されています。

国松 麻季(くにまつ・まき)/中央大学ビジネススクール(大学院戦略経営研究科)准教授
専門分野 国際経済法、対外経済政策
1967年東京生まれ。上智大学法学部卒業、ジョージタウン大学ローセンター修了(LL.M.)。経済団体連合会(現日本経団連)企画調査職、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部専門調査員、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員、筑波大学大学院国際プロフェッショナル専攻准教授などを経て2008年より現職。企業活動と国際経済ルールの関係に着目して研究を行うとともに、経済関連法・政策に係る東南アジアの開発援助活動にも参加。関連する執筆物として「日アセアン包括的経済連携協定(AJCEP)履行における現状と課題:ラオス・カンボジア・ベトナムの事例(共同執筆)」(『国際金融』2011年1月1日号)、「アジア・太平洋FTAとサービス貿易自由化」アジア太平洋研究会『アジア太平洋におけるFTAの在り方―FTAネットワークの拡大と深化―』(日本機械輸出組合、2010年)、『WTO入門(共著)』(日本評論社、2004年)などがある。