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田中 洋

田中 洋 【略歴

ブランド・パワーを用いる経営

田中 洋/中央大学ビジネススクール(大学院戦略経営研究科)教授
専門分野 マーケティング論、ブランド戦略論、広告論

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ブランドへの注目

 ブランドという言葉が世間一般で語られる言葉になったのは1990年前後、それからおおよそ20年以上がたちます。ブランドが欧米で注目されたひとつのきっかけは、ブランド価値をあてにした企業のM&Aが80年代から立て続けに起こったからです。たとえば、ネスレという世界最大の食品飲料会社が、キットカット(チョコレート)やペリエ、ブイトーニなどを買収し、またタバコ会社の大手フィリップモリス社は乳製品のクラフトを買収しました。こうした買収劇では、実際の企業の有形価値の数倍にあたる金額が支払われました。ブランドとはそれほど高いお金を出しても入手したいものなのだ、とそのとき多くの人々が理解したのです。

 ブランドはなぜそのような価値をもつのでしょうか。

 腕時計の本来の価値=機能が時刻を正しく指し示すということであれば、電波時計がもっとも機能が高く価値も高いはずです。しかしある人々は時刻表示にはやや不正確な、スイス製の「ブランドもの」の機械式アナログ時計に、より多額の金額を支払います。これは人々が単に「ブランドに弱い」ためなのでしょうか。

 私はブランドなどに判断を左右されない、と言う人々がいるかもしれません。その人々は「ポッキー」や「トヨタ」や「iPhone」を買う時、ブランドにまったく影響されず(ブランドという手がかりを使わず)に買っているでしょうか。ここではこうした問題を考えるヒントとするために、ブランドが通常の商品以外に応用された実例をふたつ紹介することにしたいと思います。

暗黒街とブランド

 ブランドは正当な企業の販売促進活動に限られるわけではありません。反社会的活動に応用されている事例があります。フランク・ルーカスという人物は1960年代から70年代にかけて米国の暗黒街を牛耳った、イタリア系マフィアではない、唯一のアフリカ系のギャングの親玉でした。

 ルーカスはヘロインを東南アジアから直接買い付けました。そしてその麻薬を、当時ベトナム戦争を戦っていた米軍の軍用機を利用して米国本土に運んでいたという説があります。彼が成功した理由はこのような「調達」と「ロジスティックス」を整備したことだけでなく、自分が扱う麻薬の「品質管理」に気を配ったことにもあります。つまり混じり物が少ない「高品質」なヘロインだけを扱うようにしたのです。そして自分の製品に「ブルーマジック」というブランドを付けました。

 映画「アメリカン・ギャングスター」(2007年、リドリー・スコット監督)では俳優デンゼル・ワシントン扮するフランク・ルーカスを主人公として描き、その中で不純物を混ぜてブルーマジックを扱おうとしたディーラーを説得して、「それはブランドなんだ。ペプシみたいに!」と叫ぶシーンが出てきます。ルーカスの麻薬王としての生活はベトナム戦争の終了とともに終わりました。ルーカスは麻薬という「商品」の世界でブランドを確立した人物として考えることができます。

映画界とブランド

 映画に行くとき、皆さんは何を基準として映画館に行くことを決めるでしょうか。映画のタイトルでしょうか。主人公の役者でしょうか。映画監督を基準に映画館に足を運ぶということはあるでしょうか。

 映画の世界で、「監督ブランド」を先駆的に確立して成功したのは、アルフレッド・ヒッチコックです。彼は第二次大戦前英国で活躍した後、米国ハリウッドに移って成功したサスペンス映画の巨匠で、「鳥」「めまい」「サイコ」などのヒット映画があります。

 彼は映画監督にしては珍しく、自分自身をブランドとして確立する活動を行いました。たとえば、映画の最初に自身がチラリと登場するのです。観客は「ヒッチコックがどこにどんな姿で出てきた」というのを探して楽しんだのです。彼は自分のシルエットを「アイコン」として用いることも行いました。

 またヒッチコックは「サイコ」封切りの際、観客に対して「必ず最初から見てください」と呼びかけ、途中から入場してはいけない、というキャンペーンを行いました。こうした巧みな宣伝戦略がヒッチコックの名前をさらに高めることになりました。また1950年代当時普及しつつあったテレビにいち早く進出し「ヒッチコック劇場」を放映したのです。

 こうした結果、人々は「ヒッチコックの映画だから見に行こう」という態度を形成するに至りました。つまりヒッチコックは映画監督のブランドを確立することで、それまでとは異なる映画のマーケティング戦略に成功したことになります。

ブランドで成功するために

 このふたつの例でもわかるように、ビジネスにおいてブランドで成功する秘訣とは、「良いイメージ」をつくる、ということだけにはとどまりません。高品質の商品を産みだすことから始めて、商品が売れるための「仕組み」をつくりあげること、さらにはそれらを効果的にコミュニケーションすることが必要となります。

 さらに言えば、ブランドというパワーを用いるかどうか、を考えなければなりません。企業は営業力・技術力・開発力・組織力、などさまざまなパワーを用いながら市場で戦っています。こうしたとき、ブランドというパワーを用いるかどうかについての意思決定を行わなければなりません。さらにブランド力を高めるためのマーケティング戦略実行の体制づくりが企業に必要となります。ことにグローバル化・国際化がいっそう求められている現在、ブランド力を構築し、駆使することは企業にとって、必須の課題と言っても過言ではないでしょう。

田中 洋(たなか・ひろし)/中央大学ビジネススクール(大学院戦略経営研究科)教授
専門分野 マーケティング論、ブランド戦略論、広告論
1951年名古屋市生まれ。京都大学博士(経済学)。株式会社電通マーケティング・ディレクター、法政大学経営学部教授、コロンビア大学客員研究員などを経て、2008年より現職。主著に『消費者行動論体系』(中央経済社、2008年)、『大逆転のブランディング』(講談社、2010年)、『欲望解剖』(茂木健一郎との共著、幻冬舎、2006年)、『企業を高めるブランド戦略』(講談社現代新書、2002年)など。監訳書として『キュレーション』(プレジデント社、2011年)など。日本広告学会賞(三度)、中央大学学術研究奨励賞、白川忍賞(東京広告協会)などを受賞している。