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片桐 正俊

片桐 正俊 【略歴

社会保障と税の一体改革の必要性と政府素案の問題点

片桐 正俊/中央大学経済学部教授
専門分野 財政学、アメリカ財政論

1.社会保障と税の一体改革の必要性

 2011年は世界と日本にとって大変な年となった。2008年秋のリーマン破綻に端を発する金融危機と世界同時不況に対応するために、先進各国は大規模な財政出動と金融緩和を行った結果、危機的状況は回避できたが、経済は未だ完全に回復軌道に乗ったとはいえない状況の中で、欧州債務危機を筆頭に、先進国の債務危機は深刻化してきた。しかも、そのしわ寄せは日本に超円高をもたらした。国債格付機関は、財政状態の悪い国の国債の格付けを次々に引き下げており、それは2012年になっても続いている。国債の格付け引下げは、当然に長期金利を引き上げ、その国の財政と経済を悪化させる。これを防ぐには、当座の債務危機への対応策が必要なばかりでなく、財政再建が迫られる。

 他方、先進各国は皆少子高齢化問題を抱え、安心して暮らせる社会保障制度の確立が求められている。しかも、どの先進国でも経済成長があまり望めない中で、財政再建を実行しつつ、持続可能な社会保障制度を確立することが求められているのである。

 日本の民主党政権は、震災復興の負担も重なって、1,000兆円に迫る累積債務が債務危機に転ずるのを恐れ、2012年1月6日に喫緊の課題として社会保障と税の一体改革を推進するための素案を正式決定した。素案によれば、この改革は社会保障の機能強化・機能維持のための安定財源確保と財政健全化の同時達成を目指すものである。その趣旨には同意しつつも、その実現には多くの懸念があるので、以下で検討することにする。

2.「社会保障と税の一体改革」素案の問題点

 「社会保障と税の一体改革」案の骨子は、図1の通りである。以下では、同素案の懸念される問題点について述べることとする。

 図1 社会保障と税の一体改革の主な項目

税制
・消費税率引き上げ
現在5%の税率を2014年4月に8%、15年10月に10%に
食料品などの軽減税率は導入せず、単一税率を維持
・所得税の最高税率(現在(40%)引き上げ
課税所得5千万円超の税率を15年1月から45%に
・証券優遇税制の廃止
株の売却益・配当に係る税率(現在10%)を14年1月から20%に
・相続税の課税強化
基礎控除を4割縮小、最高税率(現在50%)も55%に
・給付つき税額控除
消費増税に伴う低所得者対策として15年以降導入
年金
・過去の物価下落時に据え置かれた支給額を本来水準に減額
12年10月から14年度まで段階的に2.5%分引き下げ
・非正社員に厚生年金適用拡大 実施時期未定
・高所得者の基礎年金を最大月3.3万円減額 消費増税時実施
・低所得者の支給額に最大1.6万円上積み 消費増税時実施
・受給資格期間を25年から10年に短縮 消費増税時実施
医療・介護
・低所得者の国民健康保険料軽減 消費増税時実施
・所得の低い高齢者の介護保険料軽減 消費増税時実施
・低所得者の高額医療費の負担上限引き下げ 実施時期未定
・会社員の介護保険料を収入に応じた負担に 実施時期未定
子育て支援
・幼保一体化など新しい子育て支援制度
消費増税に合わせて本格導入

出所:『朝日新聞』2012年1月7日朝刊

(1)素案では、社会保障制度の将来像として、例えば新年金制度(所得比例年金と最低保障年金の組み合わせ)や新後期高齢者医療制度の財源調達や制度設計の内容が見えてこない。消費増税に合せて実施する、年金、医療、介護、子育ての分野の重点項目についても制度設計の詳細が決まっていない。

(2)消費税率引上げの条件即ち①与野党協議を踏まえ、法案化を行う②増税に当たっては成長率、物価動向などの経済指標を確認。引上げ停止の措置を法案に入れる③国会議員定数や国家公務員給与の削減法案の成立を期す、といった条件が、消費増税実現の政治的障害になる可能性がある。

(3)社会保障の安定財源確保と財政健全化の同時達成は相当困難である。政府は2010年6月に決定した財政運営戦略で基礎的財政収支の赤字水準を15年度に10年度比で半減し、20年度に黒字化する目標を設定しているが、消費税率10%への引上げ時期を当初予定の15年4月から10年に半年遅らせたことで、15年度の消費税収入が2兆円余り減る見通しとなり、目標達成は困難となっている。さらに2020年度に基礎的財政収支を完全黒字化するためには、消費税率を15~17%程度まで引き上げねばならず、財政再建への道は極めて厳しい。

(4)素案は、消費増税を当て込んだ給付の充実が目立つが、反面「痛み」を伴う改革が先送りされている。外来患者に1回100円の追加負担を求める「受診時定額負担」や1割に据え置かれた70~74歳の窓口負担を2割にすること等が当初計画されながら、見送られた。

3.消費増税先行「抜本」先送り税制改革案

 素案の中身は抜本的税制改革ではなく、消費増税先行「抜本」先送り税制改革と言わざるをえない。主要税についてコメントしよう。

(1)消費税率の引上げと問題点

 消費税率は14年4月1日8%、15年10月から10%へと段階的に引き上げられる。しかし、何故15年に10%にするのか明示的説明がない。消費税の逆進性緩和策として低所得者への一時金支給や給付付き税額控除を打ち出したが、その規模とどこで低所得者の線引きをするのか等の具体策が見えない。その前提となる共通番号制度の導入に際し、プライバシーの侵害防止をどうするのかも未定である。

(2)所得税・相続税の再分配機能強化と問題点

 5,000万円超の高所得者に15年1月から45%の最高限界税率を適用するが、超富裕層3万人(全体の0.1%)に絞られた措置に過ぎず、1,800万円超所得層くらいからの累進税率の強化が必要である。相続税の基礎控除4割縮小、最高税率(現行50%)を55%に改正するのは妥当な提案である。

(3)法人税率5%引下げ以外の法人税改革の具体案が政府素案では未定である。

4.むすび:真の社会保障と税の一体改革推進を!

 「社会保障と税の一体改革」素案は、社会保障の機能強化・機能維持のための安定財源確保と財政健全化の同時達成を謳いながら、社会保障制度のグランド・デザインが明確でなく、そのための中長期の費用見積りが不明瞭であり、それに必要な安定財源の確保が難しく、それ故に財政再建の同時達成も難しいと言わざるをえない。しかも、その手段を消費税収に絞りすぎているために、中身は消費増税先行「抜本」先送りの税制改革でしかない提案に留まっている。真の社会保障と税の一体改革の推進が必要である。

片桐 正俊(かたぎり・まさとし)/中央大学経済学部教授
専門分野 財政学、アメリカ財政論
大阪府出身。1945年8月15日生まれ。
1969年京都大学文学部哲学科卒業、1972年東京大学経済学部経済学科卒業。
(株)東芝等勤務の後、1980年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。1992年経済学博士(東京大学)取得。
札幌学院大学助教授、東京経済大学助教授・教授を経て1996年より現職。
日本財政学会常任理事、学会叢書『財政研究』編集委員長等学会理事・委員多数。
1993-94年度、2003年度:アメリカン大学客員研究員。
2004年度:ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員。
1984年第10回東京市政調査会藤田賞受賞(アメリカ大都市財政研究に対して)。
アメリカ連邦・州・地方政府間財政関係の研究、アメリカの租税政策の研究、福祉国家財政の国際比較研究、日本の税財政の研究。
単著『アメリカ財政の構造転換─連邦・州・地方財政関係の再編─』東洋経済新報社、2005年
単著『アメリカ連邦・都市行財政関係形成論─ニューディールと大都市財政─』御茶の水書房、1993年
編著『財政学─転換期の日本財政─〔第2版〕』東洋経済新報社、2007年
共編著『分権化財政の新展開』中央大学出版部、2007年
共編著『グローバル化財政の新展開』中央大学出版部、2010年