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トップ>オピニオン>エリザベス女王の「ダイアモンド記念」

オピニオン一覧

新井 潤美

新井 潤美 【略歴

エリザベス女王の「ダイアモンド記念」

新井 潤美/中央大学法学部教授
専門分野 英文学、比較文学

2011年、英国王室への注目

 昨年は英国王室が久々に注目を集めた。まず2011年2月に開催された第83回アカデミー賞授賞式で、イギリスの映画『英国王のスピーチ』が作品賞、監督賞、主演男優賞などを受賞し、話題を集めた。これは現在のエリザベス女王の父親のジョージ6世が、オーストラリア出身の言語セラピスト、ライオネル・ローグの助けを得て吃音症と向き合いながら、国王としての務めを果たしていく姿を感動的に描いた作品である。ジョージ6世は本来ならば国王になる人ではなかった。しかし兄であるエドワード8世が、離婚歴のあるアメリカ人シンプソン夫人と結婚するために、即位したその年に王座を退いたので、その弟のアルバート王子が即位せざるを得なかったのである。エドワード8世はいかにも上流階級の紳士といった感じの、大胆で自由奔放な性格で、シンプソン夫人と恋に落ちる前も、女性関係の噂が絶えなかった。日本でもこの事件は「王冠か恋か」と騒がれ、王座よりも愛する女性との結婚を選んだ国王の、世紀のロマンスとして取り上げられた。この映画はこの事件で常に注目を集めてきた派手な兄ではなくて、弟の方にスポットライトをあてたものである。そのため、エドワード8世(後のウィンザー公爵)とその夫人が実際よりも悪く描かれ(とはいえシンプソン夫人はその後も一生イギリスにおいては「悪者」であり続けたのだが)、ジョージ6世は、控えめで誠実な性格で、妻と娘を愛する家庭的な人間であると、いささか美化されて描かれた。

 そして4月には、チャールズ皇太子の長男ウィリアム王子とキャサリン・ミドルトンの結婚式があった。母親のダイアナ皇太子妃が1997年に事故死して以来、息子のウィリアムとハリーはイギリス国民の同情を集めており、特に長男のウィリアムは、問題のある発言や行動の多い弟よりも、温和で気立てが良さそうということで、人気がある。そのウィリアムの結婚相手がまた、社交界で知り合った貴族や上流階級の令嬢ではなく、大学で知り合った、中産階級のお嬢さん、ということでイギリス王室も民主的になったと評価された。チャールズ皇太子が1981年にダイアナと結婚したときも、ダイアナは保育園に勤めていて、ルームメイトと共にロンドンのアパートに住むなど、「普通の」生活をしていたために、あたかも庶民の娘が王子に見初められたかのように扱われていたが、ダイアナ自身は代々続く貴族の家柄の出身だった。それに比べて、ミドルトンは、「正真正銘の」ミドル・クラス出身ということで注目を浴びた。イギリスのマスコミも、2007年に恋人同士だった二人が一時的に別れたときに、二人の破綻の原因はミドルトンの階級のせいだと(実際そんなことはまったくなかったらしいが)、特に彼女の母親の「ロウワー・クラス的」な言葉遣いをあげつらって面白おかしく書きたてたことなどすっかり忘れたように、二人の結婚を祝福した。

王室の人気

 このように、英国王室が再び注目を集めている中、2012年にはエリザベス女王の即位60年記念式典が開催される。1897年のヴィクトリア女王60年記念に次いで、イギリス史上2度目である。記念日にはそれぞれ名前がついていて、例えば1年目はpaper 、5年目はwood、15年目はcrystalなどで、結婚記念の場合などはその名前にちなんだ贈り物をしたりする。イギリスの女王の場合は即位25年記念の年にSilver Jubileeと呼ばれる大がかりな祝典が開かれ、さらに50年記念の年にはGolden Jubileeがあった。そして60周年の今年はDiamond Jubileeである。

 エリザベス女王は父親のジョージ6世と同じく、誠実で堅実な君主として、着実に国民の心をつかんできた。いくつかの民主化改革も行っている。例えば上流階級の令嬢が社交界にデビューして、宮廷で君主に挨拶をするというしきたりを1958年に廃止したのは彼女である。また、今では当たり前になっている、王室のメンバーが、集まっている国民の中に入っていき、直接言葉を交わすという、walk-aboutと呼ばれる習慣も、女王が始めたものである。さらに、宮殿にテレビカメラが入るのを許し、王家の「日常的な」顔を見せると言ったことも行い、国民と王室との距離を近づけようとした。去年90歳の誕生日を迎えた夫のエディンバラ公爵との夫婦仲の良さも有名で、ずっと女王を支えて来た人物としてエディンバラ公爵も国民に愛されている。

 実は公爵は失言の多さでも有名である。例えばイギリスの大手新聞、『デイリー・テレグラフ』は公爵の90歳の誕生日を記念して、「エディンバラ公爵のベスト失言集」を、1963年にまでさかのぼって掲載した。いくつか例を挙げると:

ハンガリー訪問の際にイギリスの観光客に向かって、「君はまだここに来て間もないんだろう。まだ腹が出てないからな。」

パプア・ニューギニアで、旅行中のイギリス人学生に向かって、「食われたりせずに、無事だったんだね。」

「イギリスの階級制度は厳格だって言われるが、公爵が踊り子と結婚した例もある。なんと、アメリカ人と結婚した公爵もいるからな。」

民族衣装を身につけたナイジェリアの大統領に向かって、「寝間着を着て、もう寝るんですか?」

 これらの発言は厳密には「失言」と言えるものなのかは疑わしいが、このような危なっかしい発言の数々にもかかわらず、彼が言わば笑って許されるのも、その人柄ゆえなのだろう。

 

 今年はロンドンでオリンピックが開かれることもあり、イギリスでは華やかなイベントが多い。一方で、去年起こったような暴動は貧富の差、人種問題、移民問題、若者の教育とモラルと言った、イギリスが抱えている重大な問題の数々を改めて国民に思い知らせた。このような節目を迎えて、イギリスがさらにどのように変わっていくのか、興味深い。

新井 潤美(あらい・めぐみ)/中央大学法学部教授
専門分野 英文学、比較文学

執事とメイドの裏表 イギリス文化における使用人のイメージ(白水社)

東京都生まれ。幼少時代を香港、日本、オランダおよび英国で過ごし、英国の高校卒業後に帰国。1984年国際基督教大学教養学部卒業後、東京大学大学院比較文学比較文化専攻課程単位取得退学。その後、東邦大学薬学部専任講師を経て、1992年より中央大学法学部勤務。93年助教授、98年教授。主な著書に『執事とメイドの裏表 イギリス文化における使用人のイメージ(白水社)』、『自負と偏見のイギリス文化 J・オースティンの世界(岩波新書)』、『へそ曲がりの大英帝国(平凡社新書)』、『不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む「階級」(平凡社新書)』などがある。