金井 貴嗣 【略歴】
金井 貴嗣/中央大学法科大学院教授
専門分野 経済法、独占禁止法
わが国を代表する鉄鋼会社である新日鉄と住友金属の合併計画について、公正取引委員会は、12月14日、当事会社が申し出た問題解消措置を条件に、独禁法に違反しないとして合併を認める判断を下した。
近年、世界的規模で鉄鋼会社間の統合が進んでいる。2006年のミタル(オランダ)によるアルセロール(ルクセンブルグ)の買収、2007年のタタ(インド)によるコーラス(イギリス)の買収等である。本件合併計画が実現すると、新日鉄住金は粗鋼生産量でアルセロール・ミタルに次いで世界第2位の鉄鋼会社となる。
ミタルによるアルセロール買収事件について、欧州委員会は、当事会社が生産設備を譲渡することを条件に合併を認めている。1968年の新日鉄合併事件では、鉄道用レール等について競争を制限するとして独禁法違反とされたが、当事会社が競争業者に生産設備を譲渡し技術提供を行う等の措置を講じることを条件に合併が承認されている。
本件合併の独禁法上の問題について検討してみよう。
独禁法は合併が「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合」に当該合併を禁止している。「一定の取引分野(=市場)」は、商品および地域によってその範囲が画定される。本件合併について、商品市場は、「無方向性電磁鋼板」「高圧ガス導管エンジニアリング業務」「鋼矢板」「スパイラル溶接鋼管」「熱延鋼板」および「H形鋼」について重点的に審査されている。つぎに市場の地理的範囲を画定する。画定された市場における「競争を実質的に制限することとなる場合」とは、本来市場が決める価格・数量等を特定の事業者または事業者集団が決定する力(市場支配力)を有するようになる場合を意味する。合併後の会社が市場支配力を有することになるか否かは、画定された市場における当事会社の市場シェア・順位、市場集中度、競争者の状況等を考慮して審査される。近年は、市場シェアが高くても、有力な競争者の存在、輸入圧力、需要者の価格交渉力、隣接市場からの圧力等を理由に競争制限効果がないと判断される事例も多い。
本件合併については、(1)市場の地理的範囲について、国境を越える例えば「東アジア」のような市場が画定されるか、(2)合併による効率性をどのように考慮すべきか、及び(3)合併が競争を実質的に制限することとなる場合に「どのような問題解消措置」を条件に合併を認めるか、が問題となる。
市場の地理的範囲について、産業界は市場のグローバル化を踏まえてその地理的範囲を判断すべきと主張している。本件においても、当事会社から、無方向性電磁鋼板市場の地理的範囲について「東アジア」市場とすべきとの主張がなされた。しかし、公取委は、価格が5~10%上がっても国内ユーザーが海外メーカーに切り替えることがないことを理由に地理的範囲を「日本全国」として、国境を越えた地理的範囲を画定しなかった。
合併規制においては、合併による効率性を積極的に評価して判断すべきとの指摘がなされる。仮に競争を制限しても、合併によってコスト削減が達成されれば、国際競争力を強化し国民経済にとって利益をもたらすからと主張されることもある。今回、公取委が合併による効率性向上を考慮するか注目されたが、この点については触れずに、上記の事情・要因を考慮して市場支配力の存否を判断している。
問題解消措置については、これまで国内・国外を問わず大型合併であっても、当事会社が申し出た問題解消措置を条件に合併を認める例が少なくない。公取委は、問題解消措置は事業譲渡等の「構造的な措置を原則とする」との考え方をとっている。かつての新日鉄合併のときのように、ライバル会社への生産設備の譲渡・技術供与のような措置である。ミタルによるアルセロール買収においても生産設備の譲渡等の措置がとられている。今回、当事会社から事業譲渡等の申し出があった否かは定かでない。結論として、コストベースでの引取権を商社に認める等の「行動措置」によって競争制限効果が生じないと判断している。かかる措置によって競争が維持されるか、「行動措置」についてのモニタリングが必要となろう。