日本政府の環太平洋経済連携協定(Trans Pasific Partnership=TPP)交渉参加表明によってアジア太平洋地域を巡る新しい国際環境の基本構図が明らかになってきた。
EUを上まわる広域自由貿易圏構想
TPP構想は2006年に発効したブルネイ、シンガポール、ニュージーランド、チリの4カ国によるマイナーな自由貿易協定(FTA)であった。しかし2009年11月にオバマ政権が突如「アジアに太平洋の国家として、米国はこの地域の将来を形づくる議論に加わる」として参加表明を行い、さらに2010年3月からは新たにオーストラリア、ペルー、ベトナム3カ国が加わり、この8カ国でTPPの正式協議が開始されて大構想へと膨張し始めた。日本では「推進派」と「慎重派」の間での激しい対立を抱えたまま日本政府は2011年11月11日に協議への正式参加を表明したが、その直後にはカナダとメキシコも協議への参加を表明した。当初のTPPの経済規模は9カ国16.8兆ドル(5.1億人)でほぼEUと同じであったが、11月以降には11カ国25兆ドル(7.75億人)へと一気に拡大し、世界経済(GDPベース)の4割を占める巨大な経済統合が目指されることとなった。
一方、中国はもともと東南アジア諸国連合(ASEAN)+日中韓のFTA構想を推進し水面下では日韓にも働きかけを行ってきた。この構想の眼目は「アメリカ抜き」であったため、今回の日本政府のTPP交渉参加表明はアメリカをアジア太平洋圏におけるパートナーとして選んだと捉えられる。また韓国も日韓経済連携協定交渉が膠着状態に陥っているところから日本の態度豹変に「強い驚き」を示した。インドも「ASEAN+日中韓」構想を支持し、これにインドが加わる広域経済圏構想を模索するとしてTPP参加を否定し、インドネシアなどのASEAN諸国もまた「当面は不必要」として慎重な姿勢を崩さない。
FTAと自由貿易体制
ところで国内外で対立関係を生み出している「TPP問題」を相対化しながら考えるときに必要な基準はどのようなものだろうか。まず通商ルールのうえでは今回のTPPはGATT24条「経済統合」に規定されるFTA(自由貿易地域)の一種である。同条は、WTOの大原則である「無差別原則(最恵国待遇原則)」の例外、つまり一定の条件のもとでWTO加盟国に対して通商上の差別待遇を認める条項である。一定の条件とは、①域外に対しては関税等の通商規制を統合以前より高度なものあるいは制限的なものにしないこと(24条5項)、②関税等の通商規則を域内において「実質上のすべての貿易」(貿易量を加味した加重平均で90%以上)に関して廃止すること(同8項)の2点である。
FTAなどの経済統合が「例外」とされるのはそれが自由貿易体制を脅かす可能性を秘めているからである。経済統合は、域内においては「国を開き」ながら、域外に対しては「(相対的に)国を閉ざす」という側面を持っているわけである。また「貿易の政治化」という側面も考慮に入れなければならない。ハーシュマン(Hirschman, A.O.)は「貿易の政治化」を「影響効果」という概念によって説明する。貿易という経済的手段によってある国家が他の国家を政治的な「影響」下に組み込む効果である。重要なのは「いま目の前にある」「主観的貿易利益」であり、一部の有力グループ間の目先の既得権益によって通商政策が左右され、ある国家が他の国家に依存し、従属・支配下に入ることになる。
新しい発想の経済統合は可能か
西半球に目を転ずれば、この12月に入ってアメリカとカナダを除いた中南米の全国家33ヶ国が「中南米カリブ海諸国共同体=CELAC]という国際機構が発足した。CELACは貧富の格差是正や持続的な経済発展などに取り組み、歴史的にこの地域を「裏庭」としてきたアメリカと距離をおきながら独自の発展を目指すとされている。こうした新しい動きのなかで東日本大震災と原発被害を被った現在の日本は従来のような既得権益間の目先の利益を巡る争いではなく、また対米関係をことさらに重視した外交姿勢にとどまることなく、「生活の安心」と「生命の安全」を最優先にした新しい価値観、新しい国際連帯の在り方を真剣に模索する必要があろう。経済発展の度合いや政治体制、文化、宗教などが大きく異なるアジア地域では、むしろこうした新しい発想に基づく経済統合の在り方が求められている。TPP問題の本質は実は「国を開くかどうか」などではなく「どこに向かって、どのように国を開くのか」なのである。