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小林 勉

小林 勉 【略歴

スポーツは貧困を救う?!

小林 勉/中央大学総合政策学部准教授
専門分野 国際協力論、スポーツ社会学

貧困救うスポーツの登場

- スポーツで人々を貧困から救えるか? - 近年、国連をはじめとする各国際機関で始まった新たな援助支援の取り組みである。実際、UNDP(国連開発計画)をはじめとする各開発機関などでも、開発プロジェクトをスポーツと連動させて展開し、そのなかで民族を融和させたり、教育や健康への意識を高めようという試みが始められている。その発端は、2003年11月、国連総会において「教育を普及、健康を増進、平和を構築する手段としてスポーツを重視し、各国の政府はそうしたスポーツのもつ可能性を積極的に活用するべき」との趣旨の決議が採択されたことに遡る。この決議を契機に、スポーツがもたらす様々な効能に期待を向けながら、それを貧困削減へ向けた、いわゆる「開発」のプロセスの中で活用していこうとする「Sport for Development(開発を後押しするためのスポーツ)」の潮流が台頭してきた。

スポーツがアフリカの貧困を救う:スラム街に希望をもたらすサッカー

 例えば、ケニアでは、社会構造的なリスクである「つながりの喪失」という大きな課題に、サッカーを通じてそれを克服していこうとする活動が展開されている。首都ナイロビ近郊のスラム街に、「壮大な挑戦」が始まったのは1987年のことだった。国連環境計画で活動していたカナダ人のひとりが、現地で人気が高かったサッカーに目を付け青年たちを組織化したことから、それは始まった。不安定な生活環境の中、よれよれのボールでプレーするのが日常的であった若者たちにとって、異国の人が持ち込むサッカーのやり方はとても新鮮だった。リーグ戦では、試合結果での勝ち点のほかに、清掃活動を通じて地域貢献をしたチームにも勝ち点が与えられ、それがリーグ戦の順位にも反映された。「レッドカード」となった選手は、年下世代の試合の審判を6試合以上担当しなければ試合に復帰できず、スポーツマンとして卓越した振る舞いが認められた者には、レッドカードとは反対に「グリーンカード」が授与された。グリーンカードにはポイントがあり、そのポイントは奨学金を獲得する際の査定ポイントとして換算された。そしてそれは高等教育機関への進学を志す者にとって、進学資金獲得のまたとない機会を提供した。現在では1000以上のチームと14000名以上のメンバーから構成されるアフリカで有数の青少年スポーツの組織にまで成長し、ケニア代表チームへも多くの選手を輩出するようになった。スポーツを通じてルールを遵守するような規範を植えつけながら、貧困に苛(さいな)まれる若者たちを社会に参画させるというかたちで、現地の人々との関係を新たに構築していったこの活動は、のちに「マサーレ青少年スポーツ協会」として、ノーベル平和賞の候補にも名前が挙がるようになる。

「つながり」の構築を目指して

 こうした「スポーツの力」を活用しようとする動きは、ケニアのような途上国だけではなく、移民やホームレスといった社会的マイノリティの問題を抱える先進諸国にも及んでいる。例えば、オランダでは、国内に流入するアフリカ系移民の孤立が深まる中、スポーツ・プログラムを通じてそうした人々と社会の間の「つながり」を積極的に構築しようとする試みが開始され、同様の試みはイギリスやオーストラリアでも展開されている。対象地域や抱える社会背景が各々に異なっていても、教育など社会サービスへのアクセスからの排除や若年雇用の悪化など、社会的な参加の機会の喪失状態が深刻な状況にある「社会的排除」の問題に対応する上で、新たなつながりの構築の「場」としてスポーツの役割に期待を寄せている点で共通する。

「Sport is not a luxury」

-「Sport is not a luxury(スポーツは贅沢ではない)」- 2005年、スイス援助庁が発表した「開発を後押しするためのスポーツ(Sport for Development)」の報告書の冒頭の一節である。かつてスポーツは、有閑階級と呼ばれる社会的にも経済的にも余裕のある者たちが、その余力においてスポーツを興じていたことから、「ラグジュアリー」なものとみられていた。ところが今は、経済的余裕も社会的な安定もままならぬ人々の社会参画の手段としてスポーツが位置づけられようとしている。そこに描き出そうとするのは、都市の未来を、サッカーワールドカップやオリンピックのようなイベントに託して、巨大開発を正当化し、通常ならば先送りされてしまう公共事業への投資に格好な御墨付きを与える「開発-スポーツ」の関係とは別のかたちの「開発-スポーツ」の関係である。

「スポーツの力」の解明を目指して

 筆者がフィールドとする南太平洋でも、新たな「スポーツの力」が見出されつつある。若年層の構造的失業率の上昇といった社会構造的なリスクを抱える雇用情勢の中で、雇用に関する選択と決定の機会を奪われてきた若者たちが、スポーツのネットワークを巧みに活用しながら雇用機会を確保するという、在地特有のセーフティーネットの存在が、近年の研究の中で明らかになってきたのである。

 人を貧困から救うのは容易なことではない。先進国による途上国への「経済開発」は、外部機関からの援助物資が供給されるのを待つ依存意識を強め、ときに途上国の人々自らが主体的に暮らしを改善しようとする意思を萎えさせてしまう。行政機構の機能が乏しい途上国では、行政の空白状態を埋めるためのシステムを構築しようと住民自身による組織作りを目指し、住民参加、保健衛生、教育など、様々な「社会開発」プログラムが展開されてきているものの、こうした試みも、行政への積極的な参加を促すまでにはなかなか繋がらない。こんな状況の中で、スポーツは、個人と個人、個人と社会をいかなるかたちで繋げていけるのか?世界各地で少しずつ「スポーツの力」の解明が始まっている。

小林 勉(こばやし・つとむ)/中央大学総合政策学部准教授
専門分野 国際協力論、スポーツ社会学
1969年生まれ。筑波大学を経て、2001年名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程修了。学術博士(名古屋大学)。
1995年から1997年のあいだ、ヴァヌアツ共和国のサッカーナショナルチームの指導に従事し、数々の国際大会と現地でFIFA(国際サッカー連盟)の途上国支援事業に関わる。信州大学教育学部専任講師を経て2004年より現職。2010年より、オーストラリア国内初のスポーツの社会的インパクトに関する専門的大学機関として発足したラトローブ大学(メルボルン)Centre for Sport and Social Impactの特別研究員。
現在の研究課題は、「スポーツを通じた社会開発」。
最近の主要論文に、スポーツのネットワークを巧みに活用しながら、貧困を生き抜こうとする若者の生活戦略を実証的に捉えたKobayashi Tsutomu et al (2011) Football ‘wantok': sport and social capital in Vanuatu, International Review for the Sociology of sport 46(4):1-16.がある。