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一政 史織

一政 史織 【略歴

語り聞くための学びの可能性

一政 史織/中央大学法学部准教授
専門分野 地域研究(北米)、文化研究

1.女性たちの声

 同僚のM先生の九一歳になるお祖母様が自費出版で随筆集なるものを出した。雨が降る五月の夕暮れ時、キャンパス二号館のエレベーターでばったりM先生に会った時に、「おばあちゃんが出したので、皆に配っているんだけど……」と一冊分けていただいた。帰りのモノレールにゆられながら、ぱらぱらと冊子をめくると、なるほど、著者近藤君子さんが書き下ろした短歌や俳句、それから長年にわたって地方新聞、農協などの通信や文集などに寄稿、投稿した随筆が数多く収められている。巻末には著者の年譜、それから彼女の人生や人となりを紹介するM先生のあとがきがあった。

 昭和三十年代から始まる数々の投稿を興味深く読みつつふと見上げると、沿線に大学の多い多摩都市モノレールは若い女性たちでいっぱいである。彼女たちは、リュックやバッグに教材を詰めて、色とりどりの服装で明るく華やいだ声を上げていた。私はといえば、九月から産休を取らせてもらう身で、彼女らの声を聞いている。都会から農村に嫁ぎ、出産を機に小学校教員を退職、子育てが終わって再び幼稚園教諭の資格を取って四十代で仕事に復帰、その間も投稿を続け主婦とは母親とは働く女性とは、と書き続けてきたおばあちゃんは、随筆集の中で「わたしの声」を上げていた。

2.『サバルタンは語ることができるか』

 ガヤトリ C スピヴァクの論文『サバルタンは語ることができるか』は、サバルタン(民衆という原義だが、従属的地位に置かれている人々を指す)の女性たちが、主体として語ることの困難を示している。論文では、インドのサティー(原義は「良き妻」だが、ヨーロッパの記述では「寡婦殉死」を意味し、前近代的なイメージを付与されている)という習慣を巡って交錯する様々な支配と抑圧の関係、その中で存在が客体化され声を与えられない(そして奪われていく)サバルタンの女性の問題が取り上げられている。植民地支配を経てインド社会を統治し、その後も影響を与え続けているヨーロッパの支配層や知識人たちと、被支配層となる現地の人々、そして、その現地の人々も抑圧する側と抑圧される側が人種、階層やジェンダーによって複雑かつ重層的に分化・混交している。サバルタンの女性たちは、植民地支配とジェンダー支配という二重の抑圧を受けている。寡婦が夫の火葬時にわが身を犠牲に供する寡婦殉死は、もともとヒンドゥー教の教義の中で例外的に女性たちに認可された自殺の形態であった。この寡婦殉死は、ある時代・地域・階級で一般的な規則として普及したこともあったのだが、その実践や普及をめぐる問題において、その行為の当事者となった(又はならされた)女性たちの声は出てこない。むしろ、この習慣を文明的ではないと批判し、現地の女性たちを現地の男性たちから救うのだと主張する側と、女性たちがその行為を主体として選択したのだとし、伝統という名のもとに、インド女性の「良き妻」としての素晴らしい女性的資質を賞賛する側が、結局はその語りを通じて、植民地支配やその後の国際的な経済的分業体制などによるヨーロッパの優越や、当該地域のジェンダーやナショナリズムによる階層化や統制などを確立させているということをスピヴァクは批判する。さらに、スピヴァクが問題とするのは、このように抑圧される女性たちの声が歴史の中で全く出てこないことであり、それら女性たちが支配層や知識人たちの言説の中でその意味を解釈されイメージを与えられてしまうことで、「他者」として客体化させられてしまうことであった。彼女たちの声を代弁するという西洋や現地の知識人たちさえも、実はサバルタンの女性たちの声を自分たちのものに置き換えて消してしまう、だからサバルタンの女性たちは語ることができない、と彼女は結論付けた。

3.「わたしの声」を語り聞くこと

 モノレールの中で私が聞いていた声、読んでいた声は、彼女ら自身が確かに語った「わたしの声」であろうか? 確かに、多くの学生達、学校という場にいる教員達は、高等教育を受け、語るチャンスと可能性を与えられている。しかし、スピヴァクが示唆するように、これらの声は誰かの声を抑圧しているかもしれないし、社会の中で創られている理想の女性像というものを意識的、無意識的に語り、結果的に多くの女性達を縛るような枠組みを再生産しているのかもしれない。

 結局、語ることは多様な可能性を消し、誰かの声を抑圧することになるのか? では、私たちは語るべきではないのか? そうではない。そうした言語の持つ危険性を認識し、自己もまたグローバルな知的・経済的な生産活動の歴史の中にいることを批判的にとらえた上で語ること、そして何よりもある人々は「語ることができない」ということに気づき、その背景にある歴史、社会、政治、経済的な文脈を検証していくこと、そして様々な人々の多様な声に耳を傾けることの可能性をスピヴァクは提案しているのだ。

4.語り聞くための学びの可能性

 どの世代の人々にも喜びと困難があるだろうが、先の世代から続く人々の声、そして、その後ろにあるたくさんの聞かれなかった声を経て、今より多くの「わたし」が声を上げている。その声を批判的に精査しつつ、語ることができない人々の声にも耳を傾けていくにはどうしたらよいのだろうか。それには、男女共により多くの人々が語りお互いの声に耳を傾けられるような環境を作っていくこと、また、そうした機会を得られるような教育や学習を自身も追及していくことが一つの手段なのかもしれない。特に、今までその声が代弁されてしまったり、別の意味を付与されてしまった女性たちが、自己の声を語る多くの機会や力を得られるようにしたいものである。働く女性たち、母親となっている女性たち、若い世代から高齢者といわれる多様な世代の女性たち、さまざまな国籍・人種・エスニックグループの女性たち―それぞれのバックグラウンドを認めつつ、自己の声を届けること。そして、自己の声を批判的に聞き、また他者の声を聞くこと、その学びの過程が、いつもわたしたちの人生に可能性として与えられていることを願ってやまないのである。

(参考文献)G. C. スピヴァク著、上村忠男訳『サバルタンは語ることができるか』、みすず書房、1998年。

白門7月号掲載の「「わたしの声」を求めて」を加筆修正

一政 史織(いちまさ・しおり)/中央大学法学部准教授
専門分野 地域研究(北米)、文化研究
東京都出身。1998年津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。2000年バーミンガム大学留学。2002年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程修了。2006年バーミンガム大学社会科学研究科文化研究・社会学専攻博士課程修了(Ph.D.)。エセックス大学非常勤教員、バーミンガム大学特別研究員、国士舘大学・工学院大学・日本大学非常勤講師を経て2008-2010年東京大学大学院総合文化研究科助教。2010年4月より中央大学法学部助教、2011年4月より現職。現在、一九世紀終わりから二十世紀前半のアメリカ合衆国における移民コミュニティーと移民メディアについて、特に南スラヴ系移民やアジア系移民を中心に研究を進めている。