トップ>オピニオン>東日本大震災が示唆する共助社会の金融システム
岸 真清 【略歴】
岸 真清/中央大学商学部教授
専門分野 金融論/開発金融政策
東日本大震災によって、共助社会を重視する地域経済活性化の必要性が浮き彫りになった。共助社会とは、主役である市民が投資事業組合、NPO・NGO、地域金融機関、地方政府、政府金融機関との協業を通じて、個人の自助努力だけでは実現が難しい課題を過度に政府に依存することなく解決する社会のことである。地域社会(コミュニティ)を基盤とする共助社会は、企業の生産・投資活動と家計、市民の日常活動を効率的に結び付け、経済的な成果と相互扶助の双方の目的を追求していくことになる。とくに最近、地域の課題を、共助の視点から捉えることが多くなっているが、東北地域の復興も、中小企業なかでも地域密着型の事業を行なうコミュニティビジネスが一翼を担うものと思われる。
コミュニティビジネスには、ソーシャルビジネスのように収益の獲得よりも組織の存続に重きを置くタイプと、ベンチャービジネス、マイクロビジネスのように、収益を目的とするタイプが並存している。
とくに後者のタイプの場合、固定費などコスト面の優位性が存在しているため新規事業を立ち上げやすいことに加えて、イノベーションを起こしやすいという強みがある。しかし、その反面、大企業に比べて、資金調達が難しいという弱点がある。その背景に、これらの企業の低い信用度と弱い資金チャンネルという問題が横たわっている。ところが、これらのビジネスに対する政府による支援策は、コストが高い上に実行が困難なケースも垣間見られる。それだけに、地域経済の資金需要に的確に応えることができる金融システム構築の必要性が高まることになる。
その期待を担うのが、地域密着型の営業活動を行なう信用金庫、信用組合、農業協同組合、漁業協同組合といった協同組織金融機関である。コミュニテイ銀行とも称されるこれらの金融機関は非営利事業と営利事業を共に行っている。しかし、収益性を尊重すると共に協同組織としての理念が求められるので、厳しい経営を強いられることになる。
協同組織金融機関が収益性と互助性の両立という難題を克服する途は、営利目的と非営利目的の峻別また地域社会との協業に求められる。第1に、営利目的に関しては、地域の特性を活用したニッチ生産向けの融資を行うことで競争力を高めことができよう。たとえば、アドバンテストやDRAMテスターがニッチマーケットで成功を収めたように、地域市場向けだけでなくそれを超えてグローバル市場向けの生産を展開する可能性さえ存在するはずである。成功の要因は伸びゆく顧客のニーズに応えることができたからであるが、これらの事例が地域の金融機関による地域の企業への融資の優先という考え方に繋がるはずである。
実際、共助社会にふさわしい地域金融のしくみとして、地域社会の信用を担保にした融資が実施されている。日本政策投資銀行が2001年に融資した「神戸市コミュニティ・クレジット」は、地域の企業が協力して資金を拠出し合うことで信用を高め、金融機関からの資金調達の円滑化と、地域資金による地域への還流を図るものであった。伝統的な庶民金融である「頼母子講」をモデルにしたこのプロジェクトは、協同組織金融機関との協業を示唆している。
第2に、非営利ビジネスの場合、協同組織金融機関の融資にだけまかせることはできない。高度医療や環境関連プロジェクトのように社会的な貢献が高い社会投資であれば、社会的投資ファンドのごとく公的資金の活用が考えられる。しかし、公的資金の導入である限り、将来、社会的な収益を見込まれる事業向けの一定期間の資金供給という条件が付くことになる。そこで、共助社会の考え方を援用する試みとして、2002年の「愛県債」を皮切りに発行され始めた住民参加型ミニ地方公募債に期待がかかることになる。さらに、市民、協同組織金融機関、地方政府の協業によるコミュニティ・ファンドを活用することも考えられる。
日本の社会、市民の行動に世界の視線が注がれるなかで、本年5月、市民参加型の新しいファンドが設立された。東日本大震災で被災した水産加工業者の支援を目的として、5千円を寄付金、残りの5千円を出資金とする一口1万円の被災者応援ファンドは、共助社会を象徴する金融商品であるともいえよう。
このファンドは、サブプライムローン関連金融商品と対照的な結果をもたらすはずである。というのも、サブプライムローン問題の場合、投資を続けてもそれほど収益を得られない状態に到達しながら、負債金融に依存した大量の資金を投入し続け、ついにバブル崩壊が生じたことを思い出さざるを得ないからである。被災者応援ファンドのように、それほど収益を見込めなくなった投機的な領域から伸びゆく需要が潜在する生産活動の領域への資金移転が、経済の活性化に繋がるのではないのだろうか。