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市村 誠

市村 誠 【略歴

株主とのコミュニケーション手段としてのインカム・アプローチ経営

市村 誠/中央大学商学部准教授
専門分野 財務管理論/経営学/コーポレート・ガバナンス/企業分析・企業評価

インカム・アプローチ経営の推奨

 6月は株主総会の季節である。3月に決算期を迎えた企業の株主総会が6月に一斉に行われるからである。現在、株安、株式の過小評価に悩まされている日本企業は多い。東証一部上場企業のPER(株価収益率)の前期平均は17.1倍、PBR(株価純資産倍率)は1.01倍である。かつては「なぜ日本企業のPERはそれほどまでに高いのか」とまで論じられた日本企業が低い評価にあえいでいるのである。低いPER、低いPBR、親子上場企業であるが故の過小評価、コングロマリット・ディスカウント(多角化経営による過小評価)、キャッシュ・リッチなのに株価が低迷する企業など枚挙にいとまがないほどである。この状況を打開するためにインカム・アプローチによる企業経営の導入をお勧めしたい。

わが国の株主構造に起きた変化

 6月20日に東京証券取引所等によって発表された株式分布状況調査によると、2010年度のわが国企業の株式を保有する株主のうち、金融機関が保有する割合は全体の29.7%(うち都銀・地銀4.1%)となり、はじめて30%の大台を下回ったそうである。金融機関以外の事業法人等(製造業サービス業などのいわゆる一般企業)の保有割合21.2%をあわせても、ようやく50.9%になり過半数を超えるレベルである。ピーク時の1988年度には法人所有割合が73.1%(金融機関44.1%(うち都銀・地銀15.7%)、事業法人等29.0%)であったことからすると法人所有中心からの大幅な株主構造の変化である。
 株式の相互持ち合いも、金額ベースで1991年度の27.8%から2009年度には6.5%まで下がり(大和総研調べ)、コアではない部分の相互持ち合いの解消が相当に進んでいるとみられる。そしてそれは持ち合いのメリットと目された機能を喪失させた可能性が高い。
 その一方で、外国人株主はこの間に4.3%から26.7%へと大幅に増加し、比率は19.9%から20.3%へと微増にとどまるものの個人株主数(延べ人数)は4,591万人と前年度比で112万人増と大幅に増加している。このような変化が今後も進展するのかどうかは今のところ定かではないが、このインパクトは企業にとっても株主にとっても無視できるものではないだろう。

株式の相互持ち合いとその解消がもたらしたもの

 株式の相互持ち合いは、①安定株主関係を構築し敵対的買収(乗っ取り)の防御策として機能し、②市場でだぶつく浮動株を持ち合いによって吸収することで株価を下支えした。③持ち合い企業同士間で営業上の取引を行うことによって安定的な収益を確保し、④企業グループの結束を高めることができたといわれる。これらのことは企業と持ち合い株主をはじめとするステークホルダーズとの関係を円滑にし、無用な摩擦が起きない低リスク・低コストの取引関係を構築することに寄与した。他方で⑤グループ内営業取引による公正な競争の阻害の可能性、⑥相互に議決権を持つ安定株主工作によって株主によるチェック機能の低下によるコーポレート・ガバナンスが機能しない問題、⑦持ち合いのための増資による資本の空洞化などの問題も引き起こし、外国政府や外国人株主から指弾されることも多かった。持ち合いの解消によってそれらも喪失している可能性が高いのである。

新たな関係の構築にインカム・アプローチを

 新たに増加した欧米ばかりかアジアや中東に拠点を持つ外国人株主や人数を増している個人株主に対しても安定した株主関係の構築のためにIR(Invester Relationship)活動への要請が増している。IR活動によって情報の非対称性の深刻化によるコスト上昇やリスクの増加に起因する株価の低下や低評価の緩和が期待できるからである。インカム・アプローチによる企業経営はIR活動に大いに役立つはずである。
 インカム・アプローチは唯一の目標を企業価値の最大化とし、将来生み出すキャッシュ・フロー(利益や配当金の場合もある)の大きさに基づいて企業や事業の評価を行う方法である。つまりコストがいくらかかったとかいくらで売れるとかではなく、これからどれだけのキャッシュ・フローを生み出す力があるか、それはいつ生み出せるか、その確かさはどの程度か、が価値評価の源であるとするアプローチである(割引キャッシュ・フロー法(DCF法)やEVA(経済付加価値)などはその技法である)。
 データの精度は別として多くの投資家やステークホルダーズにも利用可能である。お互いにデータや評価を持ち寄り議論することによって両者の間の情報格差(この格差を経済学やファイナンスでは情報の非対称性という)を削減する可能性を見いだすのである。インカム・アプローチという共通のプラットホームの上であれば、どこに見解の相違があるのかを議論しやすいため、より適切な評価を受けるチャンスが高まる上に、企業にとしても適切なフィードバックが得られる可能性がある。企業内部においても明確な唯一無二の目標に向かって全社、全事業、全人員が邁進することが可能となるのである。

おわりに

 インカム・アプローチには、キャッシュ・フロー情報の不確かさ、リスク調整の曖昧さ、資本コスト(割引率)推定の曖昧さや恣意性などネガティブな指摘も多々あることは承知している。しかしながら、いかなるステークホルダーズであっても企業の目標が企業価値最大化であることに異存はないはずである。インカム・アプローチは、それを唯一の目標に掲げることにより株主と向き合っている。インカム・アプローチ経営の導入はステークホルダーズと共通の言語を用い企業についてコミュニケーションをとる用意ができていることの宣言なのである。その実行により情報の非対称性が緩和され、企業の過小評価にも効果が期待されるが、望ましくない類の情報をさらけ出すことにもなるため、勇気ある決断が必要になるだろう。

市村 誠(いちむら・まこと)/中央大学商学部准教授
専門分野 財務管理論/経営学/コーポレート・ガバナンス/企業分析・企業評価
福岡県出身。1961年生まれ。1986年筑波大学第三学群社会工学類経営工学専攻卒業。1988年筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了。1992年九州大学大学院経済学研究科博士後期課程満期退学。同92年中央大学商学部専任講師、助教授を経て現在准教授。2001年~2003年3月ミシガン大学ビジネススクール訪問研究員。日本経営財務研究学会評議員、国際戦略経営研究学会理事。主な著作に「企業の資本構造と企業評価」、池上・牟田編『企業財務制度の構造と変容』九州大学出版会。「フリー・キャッシュ・フローと経済的付加価値」、柴川林也編『経営財務と企業評価』、八千代出版。