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大内 俊二

大内 俊二 【略歴

自然災害と人間の未来

大内 俊二/中央大学理工学部教授
専門分野 地学/地形学

東日本大震災

 2011年3月11日、強い地震と大津波が東日本の太平洋沿岸地帯を襲った。被害は青森県から千葉県まで広い範囲に及び、死者・行方不明者2万数千人に上る大災害となった。地震は宮城県沖の日本海溝付近を震源とするマグニチュード9.0の巨大な海溝型地震で、長さ500kmに及ぶ範囲の海底断層が動いて大津波を引き起こしたと考えられている。大津波は沿岸の多くの町や村に壊滅的な被害を与えただけでなく、福島第一原子力発電所の炉心冷却用電源のすべてを奪い、原子炉の水素爆発と放射性物質の大量放出から炉心溶融まで現在も終息の兆しを見せない深刻な事態を引き起こした。4枚のプレートがせめぎあう変動帯に位置する日本は地震を始めとする自然災害の頻発するところであり、この地域も過去何度も地震によって引き起こされる津波に襲われてきたことで知られている。したがって、人々の津波への備えがなかったわけではない。事実、三陸沿岸の各地には世界に類を見ないような壮大な防潮堤・防波堤が築かれていた。しかし、今回の地震・津波ではこれらはほとんど無力であっただけでなく、防潮堤の存在が安心感を与えたことでかえって人的被害を拡大してしまった可能性も指摘されている。自然の暴威に人工物で対抗することの限界をはからずも明示することになってしまった。福島第一原発の場合は、原子力発電の推進に力を入れるあまり、「自然災害に対する備えは万全である」といった根拠の薄い前提に固執したことで、取り返しのつかない事故を招いてしまったきらいがある。人災と言える事態であるが、原子力を制御できるかどうかの問題を含めて、ここでも自然と人間との関係がはらむ奥深い問題を突きつけられているように感じる。

自然現象と災害

 東日本大震災と名付けられたこの大災害を引き起こしたのは、言うまでもなく地震、津波という自然現象である。地球にとってはごくわずかな変動にすぎない自然現象であるが、これを人間が止めることは不可能であり、自然災害を防ぐ(あるいは被害を最小限に抑える)ことはひとえに人間側の対応の問題となる。人間がいなければそれぞれの自然現象は自然現象のままで災害とはならないことを考えれば自明であろう。人類は地表、つまり固体地球と大気の境界、に生息する生物の一員であり、地表に表れる固体地球の変動にも大気の運動とその変化にもさらされている。自然現象が自然災害となる危険性は常に存在していると言えよう。日本のように、活動的な変動帯にあり、台風などにも頻繁に見舞われるところでは、とりわけその危険性が高い。今回のような大震災はこれまでにも起こったしこれからも起こると考えられる。自然災害の被害を最小限に抑えるためには、人工物による防災に限界がある以上、危険を察知して避けることをより重視する必要がある。特に、自然現象ひいては自然そのものの理解を進めることが第一に重要であると考えなくてはいけない。しかし、自然に関してまだまだ分からないことは多い。地震の原因も常識のようにプレートの動きから説明されているが、プレートテクトニクスが一般に受け入れられるようになったのはそれほど昔のことではない。40年前にはプレートテクトニクスも世に出て間もない新説で、反対する研究者も多かったのである。地球や自然について理解を深める余地はまだ大いにあり、研究者のさらなる努力と社会のバックアップが望まれる。また、その理解を一般の人々にも広げることも重要で、この点では教育の果たす役割が非常に大きい。

自然と人間、そして我々の未来

 人間は古来、自然の暴威と戦い自らの生存と繁栄を図ることに汗と知恵を絞ってきた。近代に入ってからは、科学技術の驚異的な発展とともにこの戦いに次々と勝利し、人類は未曾有の繁栄を遂げた。そして、自然と一線を画した安全で快適で清潔な“人工の世界”を拡大させてきたのである。しかし、人間そのものが自然の一部である以上、どこまでも自然との戦いに勝利していくことは人間自身を滅ぼすことに一直線でつながってしまう。ここへきて自然現象に人工物で対抗する限界を見せられたのもその警告であったように思える。世界の人口は今年中に70億人を越えると予想されているし、人々はこれからもより快適な生活を求め続けるだろう。当然、エネルギーや食料・資源も循環の限界を越えてこれまで以上に消費されるようになる。地球という限界がすぐそこに見えている。地球上以外に存在できない人間とその社会のありかたを根底から考え直さなくてはいけない時が来ているのではないだろうか。限界を目前にすることで人間同士が争い、大規模な戦争に突入してしまうことは何としても避けたい。

 今はとにかく被災地・被災者の救援に全力を注ぎ、1日も早い復興を図らなくてはいけない。しかし、大津波の破壊力に人間の限界を感じ、かつては将来を約束するエネルギー源とも思われた原子力の制御困難が明らかになった今、復興の向こうに垣間見える、人類全体の将来にかかわる大きな問題に正面から取り組む覚悟が求められているような気がしてならない。

大内 俊二(おおうち・しゅんじ)/中央大学理工学部教授
専門分野 地学/地形学
愛知県出身。1949年生まれ。1972年東京都立大学理学部卒業。1974年同大学院理学研究科修士課程修了。1983年Colorado State University博士課程(Earth Resources)修了。Ph. D. (Colorado State University)。
東京都立三鷹高校教諭。中央大学専任講師・助教授・准教授を経て2008年より現職。
専門は地形学。地殻変動と河川の形態を中心に研究を続けてきており、現在は地形進化の実験的研究を進めている。最近の研究論文に「降雨侵食と隆起による実験地形の発達.地質学雑誌 117, 163-171(2011年)」、「Effects of uplift on the development of experimental erosion landform generated by artificial rainfall. Geomorphology, 127, 88-98(2011年)」がある。