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宮村 鐵夫 【略歴】
宮村 鐵夫/中央大学理工学部教授
専門分野 信頼性工学
わが国は、地震・津波に限らず自然災害が少なくない。災害があっても、それを乗り越えようという一人ひとりの気持ちと地域社会の補完がバネとなって、わが国の発展を築いてきたともいえる。今回の東日本大震災では、原子力発電所の事故が連鎖して広い範囲の地域住民の方々へ避難指示が出され、従来の災害とは大きく異なる側面を有している。「想定外」の地震による津波で、「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」という原子力発電所の多重防護システムの「冷やす」機能が働かなくなり、放射性物質が発電所周辺の広い地域へ拡散し、地域社会へ極めて大きな影響を与えている。自然に加えて人工物による「複合的な災害」に対する危機管理という大きな課題が投げかけられている。
人類に新たな価値をもたらすべき科学技術の負の側面があらためて注目され、原子力発電を含む今後のエネルギー戦略の見直しが必至の状況となっている。科学技術の成果を活用するに際して、「負の側面」の許容レベルについて社会の合意形成を続ける必要性が今まで以上に高まっている。
合意形成の進め方には大きく分けて二つのアプローチがある。一つは、問題が発生するたびに個別・具体的に解決するやり方である。いわば付け焼き刃的な問題解決であり、わが国で多く採用されてきていて、今回もこのような議論が多い。
もう一つは、スキーム(枠組みと計画)を共有するアプローチである。一見平凡な日常の中に危機の源が内蔵されており、それらは政治をはじめさまざまな要素が関係する。日々の生活にはエネルギーが欠かせないし、関連するインフラの整備には多くの時間と費用がかかる。また、原子力に代わり風力などの再生可能エネルギーが大きな柱になるかどうかについては、経済合理性と技術蓄積・革新もかかわってくる。故に、「エネルギーの確保と安全」というより広いスキームについて、技術の正と負の側面を真摯に議論して社会の合意形成を目指す場が必要になる。
現実を直視して、方向を変え新たな軌道に乗り換える変化点ではスキームが重要な役割を果たす。スキームを見直しても軌道の乗り換えにはかなりの年数が必要となるため、時間と経済合理性を考慮に入れた技術開発などのロードマップとコーディネーションが不可欠である。
今回の東日本大震災の報道では、想定外という言葉がよく目につく。地震や津波については自然現象であり、人知の範囲を超えた想定外のことが生じることは容易に想定される。一方で、問題が発生した後に「事前にそのようなことが発生することは指摘されていた」という場合も多い。想定することと、これを実際に行動へ移すことの間には、乗り越えるべき大きな壁がある。
JR東日本は、2004年上越新幹線脱線以降、高架橋などの耐震補強を進め、早期地震検知システムを改良していた。そのため、東北新幹線の複数の列車が最高速度の時速270km近くで運行中、大きな揺れが到達する70秒より前に非常ブレーキが作動し、全列車が安全に停止している。これについては、「JR東日本のあるベテラン技術者が、数千年活動していない活断層が横切っていることから、阪神大震災後の新幹線高架橋の改修で新潟県の一部を加えるよう強く主張し、その技術者の意見どおりJR東日本は保修を行った。地震は補修箇所の数キロの区間で起こり、新潟県中越地震で新幹線史上はじめて脱線したが、1人のケガ人も出さなかったのは奇跡と言われた。」という背景に着目する価値が十分にあるだろう。
俯瞰的視野で多面的に思考ができ、かつ、説得力のある技術者と、都合の悪い情報・意見でも否認せず耳を傾けられる組織トップの存在、そして現場重視でコンフリクトな問題を解決できる風通しのよい企業文化であるかどうかで、危機への備えは変わる。
危機管理では、危機が発生しないように予測・予防するとともに、想定外への対応も必要になる。危機の起こりやすさと損害の大きさを二面的にとらえるリスクの概念に基づく論理と、これを超越する論理の微妙なバランスである。危機の発生防止に加えて、発生による影響を緩和する二面的思考を取り入れたマネジメントである。
福島第1原子力発電所には13台の非常用発電機があり、12台が海水をかぶって壊れ、発電機を冷やす海水をくみ上げるポンプが津波で流された。生き残った発電機は海水冷却が不要な空冷式で、この1台は6号機の原子炉建屋内にあり、水もかぶらず、5、6号機は急場の冷却を続けることができた。
過酷な事故による連鎖事象を遮断するには、一つの原因で複数の機器の故障を引き起こす共通原因故障への対応を考慮する必要がある。安全確保に影響する機器をどこに設置するかのレイアウト、さらに連鎖事象の影響を遮断するコンフィギュレーション(システム構成)についてのマネジメントなどをインフラやシステム形成の企画・構想段階で重視する価値観が大切である。
危機が起きたときに国や組織の本当の実力が分かる。
発生直後には、できることを迅速に行う必要があり、自らのイニシアチブで問題を解決する「現場力」が重要になる。ハザードマップなどを自ら作成し、訓練を通して体得しているなど日常の備えが活きる。刻々変わる状況に対しても、俯瞰的視野で判断・対応できる人財の育成・存在も重要である。
災害後の復旧では、災害をうけている個人や地域社会の力でできることは限定的であり、これを補完するために都道府県や国の役割がある。災害の被害が広い地域に及ぶとニーズは多様であり、災害発生からの時間経過によって変化する。どのような地域社会を描き実現していくのか、現場である地域社会と国とのコラボレーションが必要になる。多様でコンフリクトな方策を統合する仕組みの構築と運用の巧拙がスピードを左右することになる。
企業レベルでの危機対応の事例を調べると、4つのション(ビジョン、パッション、ディシジョン、アクション)を有するリーダの存在が不可欠である。現場とのよいコミュニケーションを築き、危機対応のシナリオを事前に作成し、浸透させる取り組みを行うことで、危機発生時の対応は的確にかつ迅速にできる。事故発生後のシナリオ作成では対応が不十分であることは、今回の原発事故発生後の外資系会社の素早い行動を見ると明らかである。