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舘野 淳

舘野 淳 【略歴

福島第一原子力発電所で何が起こったか

舘野 淳/元中央大学商学部教授
専門分野 原子力(核燃料化学)

地震をきっかけとして炉心が冷却不能状態に

 マグニチュード9.0という世界でも希にみる巨大地震は、様々な傷跡を東北地方沿岸部一体に残しましたが、それに加えて福島第一原子力発電所1号機から3号機での炉心溶融事故という、大災害を誘発し、発生後二ヶ月近くが経過した今日に至るもまだ収束のめどが立っていません。あの原発で何が起きているのか、先ず事故の説明から始めましょう。

 軽水炉と呼ばれるタイプの原発(世界の原発のほとんどがそうですが)は、いわば巨大な湯沸器です。圧力容器(原子炉本体)の中心部に、燃料棒の束がびっしりと詰まった炉心があり、そこで核(分裂)反応が起きて熱が発生し、その熱で圧力容器内部の水を沸騰させ蒸気に変えてタービンを回し、発電をします。ただ湯沸器と大きく違う点が一つあります。普通の湯沸器がガスを止めたりスイッチを切ったりすれば、すぐ熱の発生は止まりますが、原子炉では、核反応が止まっても、核燃料の中で発生するきわめて強い放射線が熱となり、その発生はすぐには止まらず、長期間続きます。これを崩壊熱と呼びますが、今回の事故のそもそもの原因はこの崩壊熱にあります。

 3月11日強烈な地震動が原発を襲うと、直ちに制御棒が自動的に炉心に挿入され核反応は停止しました。地震によって送電線の鉄塔が倒壊して、外部からの電気も止まりました。しかしながらこのようなときのために用意してあった、非常用ディーゼル発電機が起動して、ポンプを回し圧力容器内の水を循環させたため、炉心で発生する崩壊熱を取り去り、炉心を冷却することができました。このままいけば原発はいつもどおり、無事停止するはずでした。ところが、地震の1時間後に高さ14メートルを超える巨大津波が襲来し、非常用ディーゼル発電機の、屋外にあった燃料タンクを破壊して、タービン建屋の地下にあったディーゼル発電機を水浸しにしたため、発電できなくなりました。全ての電源が失われたわけです。このため水を循環させるポンプは止まり、炉心を冷却できなくなったため、炉内の温度は上がり水は蒸発して、炉心が露出しました(このように空焚き状態となる事故を冷却材喪失事故といいます)。この結果、燃料棒の被覆菅の温度はどんどん上昇して被覆菅は酸化してばらばらに壊れたり、融けたり(被覆菅の材料ジルコニウム合金の融点は1800℃)しています。事故後5年ほどして近づけるようになってから解体して内部を覗いてみないと分かりませんが、おそらく酸化ウランのペレット(融点約2800℃)も含めて、炉心は水あめのように融け、一部は圧力容器の底に溜まっているものと思われます。

燃料棒が壊れ放射能が環境に

 炉内の温度が1000℃を超えると、被覆菅のジルコニウム合金と水が反応して大量の水素を発生します。この水素が漏れ出して原子炉建屋の天井付近にたまり大爆発を起しました。建屋はテレビで映されるように、見るも無残な姿になってしまいました。圧力容器の外側には、これも新聞などに載っている、フラスコ型の格納容器があり、放射能閉じ込めの役を果たしていますが、事故の過程で格納容器も破れ、水素や放射性物質が原子炉建屋へ、ついで環境へと漏れ出してきたのです。

事故の現状

 事故の詳しい経緯は省略して、事故発生から二ヶ月ほど経過した現在の状態について述べましょう。現在でも、「熱、放射能、水素」の三つの脅威は去っていません。一歩処理を誤ると、破局的事態に至る可能性があります。先ず、崩壊熱です。溶融した炉心の冷却を怠ると、たちまち温度が上がり、融けた炉心は圧力容器の底を破って飛び出すかも知れません。そのために1日500トンほどの注水を行って冷却していますが、この水が高濃度汚染水となって、タービン建屋の床や、トレンチと呼ばれる建屋外部のトンネルなどにどんどん流入して、既に7万トンほども溜まっています。この水はきわめて高い放射能を帯びており、先日来その一部520トンほどが海に流出しましたが、これだけでも英国ウイーンズケールでの過去最大の海洋汚染の放射能の量を超えています。大気中にもヨウ素131や、セシウム137が大量に放出され、住民避難や、野菜などの出荷制限の被害が出ており、爆発などがあればさらに増加する恐れがあります。

 最後の水素ですが、圧力容器や格納容器には水素が充満しており、少しでも空気(酸素)が混入すると爆発領域に入り、引火などで爆発する危険性があります。東京電力によると、数ヶ月以内に、炉心を継続して安定的に冷却し。放射能も閉じ込める体制を作るとしていますが(工程表)、三つの脅威に対する明確な解決策はまだ見えていません。

事故の完全収束とこれからの原子力発電

 米国スリーマイル島事故の例を見ると、原子炉を完全に解体して更地にするのに10年以上、費用としては10億ドルかかっています。遠隔操作のロボット技術などの進歩はありますが、福島の場合も完全に事故の始末がつくまでには10年、数千億円の費用がかかるものと思われます。

 原子力発電技術の潜在的危険性については、筆者も含めて多くの人たちが指摘してきました。特に最近では地震学者などが具体的に安全審査のあり方に批判を行っています。しかしながら、当事者の電力会社もこれを監督する国も、一種の癒着体制を作って進めており、外部からの意見に真剣に耳を貸そうとはしませんでした。東京電力の事故対応に対する批判の声も上がっています。原子力技術やそれを運営する人に対する不信は強く、原子力発電をどうするかについては国を二分する論争が起こることでしょう。私の意見としては、地震の発生確率の高い敷地にある原発や、老朽化原発を即時廃止するとともに、規制と推進の分離など癒着関係を絶ったうえで、残った原発は当分運転する、その後はエネルギー関連の技術開発の動向なども見極めて方向を決定するのが良いと思っています。

舘野 淳(たての・じゅん)/元中央大学商学部教授
専門分野 原子力(核燃料化学)
1936年旧奉天市生まれ。1959年東京大学工学部応用化学科卒業。日本原子力研究所研究院を経て、1997年から中央大学商学部教授。2007年中央大学退職。現在核・エネルギー問題情報センター事務局長。主な著書に『どうするプルトニウム』、『徹底解明 東海村臨界事故』、『廃炉時代が始まった-この原発はいらない』、『動燃・核燃・2000年』、『地震と原子力発電所』など、多数。