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國生 剛治

國生 剛治 【略歴

原子力災害を自然エネルギー本格利用の出発点に

國生 剛治/中央大学理工学部教授
専門分野 防災工学、地盤工学、地震工学、土質動力学、エネルギー施設工学

 防災に向けて我国が払ってきた努力は他国を遙かに凌いでいたことは間違いなかろう。それらがほとんど有効に機能しなかった今回の大災害を前にして、茫然自失の観がある。阪神淡路大震災と今回の大震災を合わせ考えると、2度とも自然の力を甘く見たことのしっぺ返しであった。これより、我国の防災対策を立てる上で、きめ細かな対応以前に地震や津波などの大きさをどこまで安全側に見込んでおくかにその成否がかかっていることが分かる。特に原子力災害については、本来、超重要原子力施設の根本設計概念であるはずのフェールセイフが津波については見落とされていたことを思い知らされた。エネルギー大量消費社会を支えていくためには、原子力発電所がこれからもしばらくは多数存在せざるを得ないが、万が一、設計条件を超えた場合にも、最悪のケースに至らないフェールセイフ機能の再確認と強化がその大前提であることは言うまでもない。

 さて、この原子力災害は原子力推進によりCO削減の国際的公約を果たそうとしていた我国の方針に、今後大きな影を落としていくことは必至であろう。エネルギー政策はこれを機に自然エネルギーの利用拡大を迫られることになろうが、太陽や風力などのエネルギーを今後これまで以上に伸ばしていくにしても、我国の自然条件を考えればその絶対量に限界があり、将来の基幹エネルギーの役割は担えないと考えるのが一般的である。これに対し以下では、このような見方を打破ることができるかも知れない自然エネルギーの大規模利用の可能性について述べたい。

 我国の国土の前面は広く開けた公海が赤道はおろか南半球まで拡がっている。この立地条件を生かして、巨大なソーラーセル筏を曳航した発電船団により、桁違いの規模で太陽エネルギー利用ができる可能性に気がつくべきである。公海上を航行することは国際法上当然の権利なので、国際的合意形成や漁業・海運業などとの調整は必要となろうが、航行しながら発電することも原則自由であると考えられる。

 ソーラーセル筏の面積を25km(5km×5km)、1日で得られる太陽エネルギーを8kW・h/m/日(1日発電時間8h/日)、ソーラーセルの電気変換効率を12%(現時点での控えめな値)で試算すると、8kW・h/m×0.12×25,000,000m/24h=1,000,000kW、すなわち24時間連続稼働する100万kW級の原子力発電所に匹敵する。このような巨大筏が数十個以上操業できるようになれば、我国のエネルギー自立は夢でなくなる。東経160度以東の太平洋低緯度帯には台風の影響もない広大な静穏海域が拡がっており、年平均の太陽エネルギーは1日あたり5~6kW・h/日(サハラ砂漠と同程度)の莫大な資源量がある。ソーラーセル筏を曳航した発電船団が気象衛星を活用して南北太平洋の晴天域を移動しながら8kW・h/日以上の発電効率を目指す。定点での発電とは異なり、最大発電効率を求めて回遊することは海洋ならでのメリットであり、海生生物に与える影響も極めて小さくなる。得られる電気エネルギーの運搬法としてはこれからの技術開発の影響が大きいが、蓄電池タンカーによる電気の直接輸送か、海水の電気分解による水素またはその化合物のタンカー輸送などが考えられる。

 発電船団は、多数のユニットからなるソーラーセル筏、数隻の母船、作業船、タンカー船などから構成される。発電を担うソーラーセル筏については1ユニットの平面サイズを100m×100mとした場合、2500個程度必要であり、従来の鋼鉄やコンクリートからなる剛性浮体は経済面から現実的でなく、柔軟なソーラーセル帆布とそれを支える軽量で折り畳み可能な新材料を多用した浮体からなる革新的な構造を創出する必要がある。個々の筏ユニットはワイヤー・圧力チューブ・電気ケーブル類で結ばれて集合体を形成し、風を利用した低速度省エネ移動と太陽光の追尾機能のために、帆は角度操作可能な構造とする。

 これを実現するための鍵としては、当然、ソーラーセル自身の性能向上(現段階での化合物半導体撓み性セルの効率は1平方メートルのモジュールで14%程度)、製作コスト削減、電気エネルギー貯蔵・輸送技術の開発向上などが挙げられる。それらと並んで軽量・高強度・フレキシブルな筏ユニットの基本構造設計・材料選択による建設コスト合理化も非常に大切である。天候の良好な海域を航行するとしても、海象・気象条件を考えてこれまで検討されてこなかった先駆的アイデアが必要とされることは間違いない。

 地球に降り注ぐ太陽エネルギーは、実はその1時間分で人類の年間全エネルギー使用量に匹敵するほど豊かである。地球上に残された広大な未利用空間の海洋で、小型分散不安定という従来の自然エネルギー利用の制約を打ち破り、密度の薄い自然エネルギーを効率よく集め持続可能な基幹エネルギーとして本格利用するための技術的・経済的ハードルは極めて高いと予想されるが、その意義は計り知れないほど大きい。今回の原子力災害を出発点として、海洋国・資源小国である我国が先頭切って、20~30年先の実現を目指し検討を始めることを提案したい。

國生 剛治(こくしょう・たかじ)/中央大学理工学部教授
専門分野 防災工学、地盤工学、地震工学、土質動力学、エネルギー施設工学
1944年生まれ。東京大学工学部土木工学科卒業・同大学院工学系修士課程修了、米国デューク大学大学院工学系研究科修士課程修了。工学博士(東京大学)。(財)電力中央研究所勤務を経て、87年より東京大学工学部非常勤講師(エネルギー計画)、94年より茨城大学工学部非常勤講師(地下構造学)、96年以降は中央大学理工学部教授を務めている。
研究テーマは、地震による地震動増幅、液状化、斜面崩壊メカニズムと設計法の改良、太平洋光発電筏の成立性。所属学会は、地盤工学会、土木学会、日本地震工学会、電力土木技術協会、日本地すべり学会、日本太陽エネルギー学会、米国土木学会など多岐に渡る。