奥本 勝彦 【略歴】
奥本 勝彦/中央大学商学部教授
専門分野 マーケティング論、マーケティング・サイエンス
最近観光について、取り沙汰されることが多くなった。
というのは、観光は、新たに莫大な投資をして工場や機械設備を設置する必要がないからである。そのために、「煙突のない産業」といわれることに一部由来しているのかもしれない。また、多くの商品を購買するには、小売店まで出かけて行って、何がしかの購入したものを持ち帰るというのが一般的である。しかし、観光は、出かけて行って、何の商品も持ち帰れない。たとえば、富士山や金閣寺へ行って、それらを持って帰ったなどという話は、ついぞ聞いたことがない。ただ、持ち帰れるのは、思い出と非日常的体験だけである。まさに、「心の栄養」をつけるようなものである。
あるとき、テレビ俳優で映画監督のビートたけし氏が、「うちのお袋が旅行に行って、帰ってくるなり、アー疲れた。やっぱり、自分の家が一番だね」といったといい、「そんなんなら、最初から出かけなければいいや」と言っているのを聞いたことがある。誰しも経験のあることである。それでも、懲りずに旅行する。それほど、観光や旅行は魅力をもっているのである。
その魅力のある観光地や旅行先ですら、時代というものを感じざるを得ない。たとえば、熱海は、古くは新婚旅行先として随分多くの若いカップルを魅き付けたものである。それからというものは、会社の慰安旅行先として栄えた。ところが、最近では、それすらも難しくなり、大きな有名ホテルが、閉館の憂き目にあっている。その跡に、できているのは、リゾート・マンションである。
このように、旅行先でも観光地でも、それ自体動物や人間の寿命と同様に、ライフサイクルをもっている。典型的な例としては、かなり以前には、サーカスが盛んで、巡回して行われていた。有名なものとしては、木下サーカスやボリショイ・サーカスがあった。ところが、最近では、それすら知らない人々が増えている。
このように繁栄したり、衰退したりするのは、一般にライフサイクルと呼ばれている。このライフサイクルは、導入期、成長期、成熟期、衰退期、そして、最後に廃棄されるというものである。ほとんどの商品は、その長短はあっても、このサイクルを描くというものである。しかし、世の中には、例外というものがあって、このサイクルに従わないものが見られる。世界的に見て、それは、ニューヨークとパリである。これらは、リニューアルをして常に人々の心に魅力を与えている。これは、例外的なことであり、通例は、先に述べた熱海やサーカスのようになってしまうものである。このニューヨークやパリと同様なのは、ディズニーランドである。そこでは、さまざまな工夫がなされている。常に新しい出しものを設けて、新鮮さを保っているのである。言い換えれば、絶えず改良を行ない、新しい命を吹き込んで、訪問を呼びかけるようにしている。
観光地が観光客に対して呼びかけるにあたって、新規の観光客を獲得するには、多額の費用が必要となってしまう。そこで、すでに訪問したことのある観光客は、旅行や観光の良さや感動を知っていることから、新規の観光客を説得し、再購買へ結びつけるよりも、はるかに容易であり、一般に、再訪問客やリピーターを増やすことのほうが費用はかからないといわれている。また、よく言われることであるが、山登りをする人は、頂上を征服し、下山の途中に、次にはどこの山を登ろうかと考えているものである。それと同様である。
それゆえ、観光地側も観光客を何度も訪問してくれるように対策を考えなければならない。そのためには、観光地側も、観光客を飽きさせない戦略を工夫する必要がある。前回も、今回も出かけたが、まったく同じであったら、そこへ旅行しようと考えないものである。一度の旅行で感動を与え、そして、すべてを見たり、体験できないような奥深さを持つことが必要である。それは、先のディズニーランドやニューヨーク、パリが備えているように思われる。つまり、何度も足を運ばなければ、すべてを見たり、体験することができないのである。あるいは、常に新しい魅力を加えることが重要となる。言い換えれば、その観光地でなければ、他では味わうことができないものを創造することによって、はじめて観光客に魅力や満足を与えられるのである。そうすることによって、まさに、新鮮な思い出と非日常的体験を提供することができるといえよう。