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植野 妙実子

植野 妙実子 【略歴

憲法裁判の比較法的研究

植野 妙実子/中央大学理工学部教授
専門分野 憲法

はじめに

 2011年3月11日のマグニチュード9.0という国内観測史上、最大のエネルギーの地震により、未曾有の津波にもみまわれ、多くの人命が失われ、行方不明者も多く出ている。私の母の実家も気仙沼で、親族の者たちは間一髪で助かったが、家は跡形もなく押し流されてしまったという。犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈りするとともに、被災された方々にすみやかに救援がなされることを願っている。また原子力発電所の被災により、終息のみえない危機的状況も続いている。以前、理工学部の教養ゼミを担当していたが、そのときには、70年代の核戦争に関するビデオやチェルノブイリの事故のビデオなどをみて、平和や環境を守る大切さを学んでいた。ビデオの中の危険が現実のものとなり断腸の思いをしている。

フランスでの国際憲法裁判学会

 ところで私の専門は憲法で、専らフランスとの比較を通して、比較法的見地から日本の憲法の研究をしている。1987年に在外研究の機会を得て、フランスのエックサンプロバンスにあるエックス・マルセイユ第三大学(中央大学の協定校でもある)で1年余を過ごしたが、そのとき以来、エックス・マルセイユ第三大学で毎年開催される国際憲法裁判学会に出席して、日本の憲法裁判の報告を担当している。この学会は2010年には第26回目となり、参加国もEU各国に加え、スイス、アメリカ、モロッコ、チュニジア、エジプト、南アフリカ共和国、ブラジルなど、世界各国に拡がっている。また研究者のみならず、各国の憲法裁判を担当する裁判官も集まって議論に参加している。

フランスにおける司法のイメージ

 日本では、三権分立のチェックアンドバランスの中で、裁判所による法令の違憲審査は、立法権や行政権に対する司法の側からのコントロールとして当然のこととして認められている。しかしフランスでは、革命以来の伝統として「法律は一般意思の表明である」(1789年人権宣言6条)という法律中心主義をとり、一般意思の表明である法律を、誰がどのような資格でコントロールできるのか、は大きな議論となっていた。加えて、革命前、国王統治下のフランスにおいて、国王の命令をそもそもは権威づけのために、裁可する役割を最高法院が担っていたが、徐々に国王の意に反して国王の命令を裁可しないという出来事がおき、行政権、立法権を阻害する裁判所というイメージが作られていった。今日でもなお、裁判官が政治のあり方を変えたりするような「裁判官政治」に対しては、フランスでは根強い批判がある。

法律の違憲審査の必要性

 現行第五共和制憲法は、ドゴールの主導によりこれまでのフランスの統治体制のあり方を反省して、行政権優位のメカニズムをとるものとして1958年に制定された。憲法院はその中で、議会がその権限を憲法の枠組の中で行使することを監視する目的で設立された。1970年代に入ると今日にみられるような法律の憲法適合性の審査を果たすようになった。エックス・マルセイユ第三大学の教授で、国際憲法裁判学会の創設者である故ファボルー教授は、フランスの伝統に反して、憲法院が法律の違憲審査に積極的に関わるようになった理由を、ナチズムの経験から、議会の無謬性が崩れ、人権保障の観点から法律の違憲審査の必要性が認識されたためとしている。

法律の違憲審査の限定的運用から拡大へ

 とはいえ、フランスの憲法院による法律の違憲審査は、長い間いわゆる事前審査(法律公布前の審査)で文面における抽象審査に限られていた。憲法院に提訴できる者も、大統領、首相、上下両院議長、60名の国民議会議員もしくは60名の元老院議員に限られていた。2008年7月の憲法改正によって、具体的な事件の中で法律が憲法に違反することが疑われるときには、当該行政裁判所もしくは当該司法裁判所の最高裁判所の移送によって、憲法院に付託され、判断を仰ぐようにもなった。

憲法裁判活性化のためのフランスでの取り組み

 このようにフランスの法律の違憲審査制は後発ともいえるのだが、しかし国際憲法裁判学会に出席した経験からすると、日本ではあまりとりあげてこなかったさまざまな問題にフランスが取り組んできたことがわかる。第一には、憲法裁判官が判断を下す正当性の根拠である。フランスでは、憲法院の裁判官については、大統領、上下両院議長がそれぞれ3名ずつ任命する。他に大統領経験者も終身の構成員である。そこで、大統領、上下両院議長はそれぞれ選挙で選ばれた民主的正当性をもっているが、そうした政治家によって任命されているのでむしろ民主的正当性が反映している、と考えられている。政治的に無色であれば中立性が保たれると考える日本とは大きく異なっている。第二には、判断の根拠となる原則についての考察である。比例制原則や法的安定性の原則、一般利益の画定など一定のルールの創出が熱心に議論され、判断にも活用されている。日本では、ルールは提起されても、最終的には曖昧となり、既判力にもとぼしいように思われる。さらに、何といっても、国際憲法裁判学会にみられるように、憲法裁判を活性化させるために憲法裁判官と研究者がともに議論している。このようなことも日本では行われていない。

さいごに

 フランスで得たことをこれからも発信して、日本の憲法裁判の充実につなげていけたらと願っている。なお私は、大学院公共政策研究科の専任教員でもあるが、公共政策研究科修了者から、参議院事務局職員や裁判所書記官になった者もいる。法的側面から公共政策を考えるという点でも学生を指導していきたいと思う。

植野 妙実子(うえの・まみこ)/中央大学理工学部教授
専門分野 憲法
東京都出身。1949年生まれ。中央大学法学部法律学科卒業後、中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了、後期課程満期退学。中央大学理工学部専任講師、中央大学理工学部助教授を経て、中央大学理工学部教授 (1993年~)。中央大学大学院法学研究科後期課程教授(2004年~)、中央大学大学院公共政策研究科教授(2005年~)2006年フランス エックス・マルセイユ第3大学にて法学博士取得。現在、大学院公共政策研究科委員長。専攻:憲法、フランス公法
主な著書
『Justice,Constitution et droits fondamentaux au Japon』(LGDJ・2010)
『憲法二四条 今、家族のあり方を考える』(明石書店・2005)
『憲法の基本-人権・平和・男女共生』(学陽書房・2000)
毎年、フランスのエックサンプロバンスで開かれる国際憲法裁判学会に日本の憲法裁判の報告者として出席している。フランスの法律問題に詳しい。