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トップ>オピニオン>「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」が首都圏に残したこと

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平野 廣和

平野 廣和 【略歴

「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」が首都圏に残したこと

平野 廣和/中央大学総合政策学部教授・大学院総合政策研究科委員長 キャリア教育委員会委員長
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション

1.はじめに

 最初に、東北地方太平洋沖地震で被災された皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。

 2011年3月11日14時46分に三陸沖(牡鹿半島の東南東約130km付近)の深さ約24kmから断層が南北方向へ500Km、東西方向に200Kmに渡って動いたマグニチュード9.0の巨大な地震が発生した。今回の地震は、1923年に起きた関東大震災のM7.9の約40倍以上のエネルギーを持つ日本国内観測史上最大のものであり、20世紀以降に発生した世界で4番目に強大な地震である。前震と思われる地震が3月7日に発生し、津波注意報が発令されたことも記憶に新しい。被害状況は時々刻々明らかになるが、ここでは著者が体験した、今回の地震が首都圏に住む我々に残したことの一部を紹介したい。

2.想定外の巨大な地震の発生

 筆者は、4年程前に執筆した論文1),2)の冒頭で(今後仮に、想定外の大きな地震が起こるとすれば)「今後30年で99%の発生確率とされている宮城県沖地震、いつ起こってもおかしくないと言われている東海地震、50%の発生確率とされている東南海、南海地震(中略)と同じ海溝型地震であり、やや長周期地震動を強く励起するものと予測されている。」と記述した。今回の地震は、想定マグニチュード8.0程度(今回の地震の1/30以下のエネルギー)の宮城県沖地震のみならず三陸沖地震と福島・茨城県沖地震が一度に連鎖的に起きたことになり、そのために巨大なエネルギーを発生したと推測される。まさに想定外の巨大地震である。

 さらに、海溝型地震であるためやや長周期地震と呼ばれる2~20秒の周期を持っていたと考えられる。ゆっくりと断層が長距離に渡って動いたことから巨大な津波を発生させたのではないだろうか。さらに、現状では陸上部の詳細な調査を行える状況ではないので確かなことは言えないが、高層ビル等の外壁、天井の落下、大型橋梁の損傷さらには石油貯槽タンクや核燃料貯蔵プール等でスロッシング現象が発生しての貯槽物の溢流などが起こった可能性が高い。これらに関しては今後の調査を待つしかない。

1)スロッシング発生時の貯槽浮屋根挙動の一考察-φ4000 タンクモデルでの振動実験,土木学会論文集A, Vol.63, No.3, pp.444-453, 2007.6.
2)造波機を用いての実機浮屋根式タンクでのスロッシング実験方法の提案,土木学会論文集A編,Vol.65, No.3, pp.568-573, 2009.9.

3.首都圏に住む我々への教訓

 この地震は、首都圏に住む我々にとって初めて遭遇した巨大地震と言っても過言ではない。それぞれ訓練等で学習をしていたことではあるが、これが生かされて来たのだろうか。

(1)地震発生時

 著者は、地震発生時に海上保安庁(国土交通省内)11階で会議を行っていた。初めに縦揺れが1分程続き、しばらく間を置いてから周期10秒程度の横揺れが数分続いた。ここで縦揺れと横揺れの間にタイムラグがあることから震源は遠距離、やや長周期であることから海溝型地震であると直感した。直ぐにポケットラジオ(常に持参)のスイッチを入れると栗原市で震度7、さらには大津波警報の発令を聞いた。会議は中止、直ぐに海上保安庁の本部で情報の収集に入った。約15分後にはモニターに映し出される津波の映像を見ることになった。

(2)帰宅難民

 17時の時点で帰宅は無理と判断し、本学後楽園キャンパスで待機することとした。交通マヒの中直ぐに帰宅せず時間が経ってからの帰宅、これが災害時には必要な心構えである。

 海上保安庁のビルからは、皇居前が一望できるが、皇居桜田門前の内堀通りは上下線とも交通渋滞で全く車は動かず、歩道は人で溢れかえる状況であった。著者は、18時に海上保安庁のビルを出て後楽園キャンパスへ徒歩で向かった。その間の光景は、車道は全く車が動くことなく、緊急車両の通行もままならぬ状況であった。歩道は、人と人がぶつかる様な大混雑であった。桜田門から竹橋、水道橋を経由して後楽園キャンパスまで1時間半であった。

 後楽園キャンパスでは、学生をできる限り帰宅させないで、交通機関が動くまで学内にとどめ置く方針を取っていた。これはたいへん良い判断であり、直ぐに帰宅させることにより大混雑に学生を巻き込ませないことは、学生達の生命の安全を考えれば最善の策であったと判断する。学生達が帰宅を急ぎたい気持ちは十分に判るが、ここではまず安全を第一に考え、それを思い留まらせることが大切である。非常食、非常飲料、保温シートの配付など後楽園キャンパスでは、今までの訓練の成果が十分に発揮されていた。保護者の方々には、「大学にいれば安心」を確認できた事例の一つである。

 なお、著者はどうしても早朝から多摩キャンパスでの仕事があったので、新宿駅での混乱が落ち着いてからの朝4時に後楽園キャンパスを出て、大江戸線で新宿西口、新宿から京王線で永山の自宅には5時半に帰り着いた。結果的に都心部で待機したことが、慌てて帰宅行動を起こして主要駅周辺で電車が動くまで待つのと同じ時に帰宅することになった。ここまでの情報は、ポケットラジオから得られた情報がたいへん貴重であり、ラジオをカバンの中に常に入れておくこと、これは災害時にたいへん重要なことと改めて実感した。

4.首都圏の住民が考えるべきこと

 地震が発生して4日目を迎えた。この時期は、まず人命を最優先として被害者の救出に全力を挙げ、かつ生存被災者への救援を最優先する必要がある。

 しかしながら、実際は首都圏ではこれに反したことが起きている。代表的な例は、買いだめによる物不足である。多摩ニュータウンのスーパーでは、開店時に200名以上の行列ができ、入場制限が繰り返されている。米、パン、納豆、カップ麺、ミネラルウォーターから、紙おむつまでが店頭から消えている。さらに、ガソリン、灯油、カセットコンロ、乾電池等々も、である。本来ならば、被災地に最優先で届けられる物が、この首都圏での一部の買いだめ行為のため消えている。首都圏では生活必需品は十分に確保されているので、安易な買いだめに走ることは、絶対に避けて頂きたい。ここは、一人一人が落ち着いて、今までの生活水準以上を求めないことが必要である。まずは、災害地優先を首都圏に住む一人一人が肝に銘じて対応して欲しい。

5.首都圏の住民が協力できること

 現在、首都圏は計画停電が行われており、通勤・通学の足に支障は出ているが、生活環境に関しては、従来と大きな差異は生じていない。今、できることは、買いだめを行わない以外にもある。首都圏の住民は、省エネを行うことである。まず無駄な電力は使わないことである。著者の所属している総合政策学部の11号館では、計画停電を受けて、日中は窓側廊下の蛍光灯を消灯する、研究室の電気は窓側の半分のみしか点灯しない、3つある情報演習室は2つ閉鎖して1室のみとするなど、できる限りのわずかなことではあるが省エネ協力を計っている。これは、各家庭でもできることである。小さな省エネを行うこと、これが首都圏の住民の誰もが今すぐに簡単に協力できることであり、これらの積み重ねが結果的に災害復旧の一助になる。

6.おわりに

 死亡者数が今も時々刻々と増えている。さらには、東京電力福島第一原子力発電所の爆発など新たな被害報告もなされている。一方、沿岸部以外の陸上部の被害に関する情報が全く入らない状況にある。今後、どれだけ被害が増えるか全く想像できないでいる。復旧には、5年、いや10年、それ以上かかるかもしれない。首都圏に住む我々は、個々人の段階で少しでも、小さくとも協力をして行くことが必要である。

2011.3.15執筆

平野 廣和(ひらの・ひろかず)/中央大学総合政策学部教授・大学院総合政策研究科委員長 キャリア教育委員会委員長
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション
東京都出身。1955年生まれ。1979年中央大学理工学部土木工学科(現都市環境学科)卒業。同大学院理工学研究科博士前期課程土木工学専攻修了の後、三井造船株式会社入社。中央大学理工学部非常勤講師・総合政策学部専任講師・助教授を経て、1998年より中央大学教授。工学博士。
風、地震等を起因とした構造物の揺れを止める研究を実験と数値解析の両分野で実施。研究論文の他、首都高速(株)などに採用された簡単な機構で揺れを止める各種の制振装置を開発。本学で最初の特許使用料を得ている。