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平野 健

平野 健 【略歴

オバマの「変革(チェンジ)」難航の教訓

平野 健/中央大学商学部准教授
専門分野 アメリカ経済論

オバマ政権に託された課題

 2009年1月、オバマが大統領に就任した時、彼に託された課題は大きく3つあった。第1は2008年秋に発生した恐慌を沈静化して景気回復へとつなげること。第2はブッシュJr.共和党政権の単独行動主義を改め多国間協調路線に転換することでアメリカの国際的威信を再び取り戻すこと。第3はこの恐慌に帰結したような、貧困とバブルを二大特徴とする経済構造からアメリカを脱却させることである。

 第1の課題は前政権からの継承で、第2と第3の課題が「変革(チェンジ)」を意味するものだった。2008年大統領選挙におけるオバマ支持者の熱狂ぶりはこうした変革をアメリカ国民がどれ程強く待望していたかを如実に示すものであった。しかし同時に、この変革、特に第3の課題については真っ向から利害が対立する勢力もいた。既存の経済構造で大きな利益を得てきた大銀行、多国籍企業、保険会社と医薬品産業、そしてトップ1%の富裕層である。彼らの利害を代弁する共和党は第1の課題ではオバマと共同し、第3の課題では対立する構図にあった。

オバマ政権の2年間の仕事

 オバマは大統領に就任すると、まず政府の要職に共和党の有力者を登用して挙国一致型の陣営を組み、恐慌の沈静化と景気対策に取り組んだ。内容的には、ブッシュJr.前政権が提起した公的資金投入による大銀行救済(7000億ドル)の継承と、新しくオバマが導入した景気刺激策としての財政支出(8780億ドル)である。その結果、なんとか恐慌を沈静化させることはできたが、他方で財政赤字は大きく膨らみ、また雇用が増えない中、景気回復は脆弱なまま推移することになった。

 2010年には医療保険制度改革と金融制度改革にも取り組んだ。これらは本来、利害がまっこうから対立する課題であったが、オバマはここでも共和党との合意形成を重視する政権運営を採用した。その結果、改革法案の成立までなんとかこぎ着けることはできたが、内容的には妥協と譲歩の結果、まったく骨抜きにされてしまった。

中間選挙での国民の審判

 こうしたオバマの2年間の仕事に対して、2010年11月の中間選挙で国民が下した審判は極めて厳しいものであった。大統領選挙でオバマを熱狂的に支持した改革派はオバマの「やらなさすぎ(do too little)」に失望し離れていった。共和党は逆にあのような骨抜き改革法案ですら「やりすぎ(do too much)」で「オバマは社会主義者」だと容赦なく攻撃した。そうした中でも特に異彩を放ったのは「ティーパーティー」と呼ばれた草の根保守運動の広がりである。大銀行、大企業、富裕層らがオバマ改革を攻撃する理由はわかりやすい。しかしティーパーティーの中核的担い手は中産階級の市民であり、中産階級は過去20年間における2度のバブルで最も多く資産を失った階層であった。その彼らが何故、激烈なオバマ批判を展開したのであろうか。

ティーパーティー運動の性格

 ティーパーティー運動の中には様々な要素が入り混じっているが、その中核にあるのは大規模な財政支出に対する中産階級(特に白人・高学歴・中高年層)の不安や猜疑心であり、オバマの財政支出を盗みに匹敵する不道徳な行為として捉えている。このような認識は次のようにして生まれた。(1)オバマは共和党との宥和を重視して大銀行(バブルを仕掛けた側)の救済と中産階級・貧困層(バブルに巻き込まれた側)の救済とを同時に進めた。このことがオバマの「大きな政府」に巨悪の擁護者のような印象を与えた。(2)景気回復が期待したほどに進まないことへの苛立ちや不安感が、大規模な財政支出が「いずれ増税の形で跳ね返ってくるのでは」という不安や猜疑心に投影された。(3)そうした不信感・不安・猜疑心のガソリンが充満していることを共和党や右翼論客が敏感に察知し、そこに激しい煽動、挑発的言動、イメージ操作などの火種を放り込むことで引火させた。

オバマ敗北の教訓

 こうして見ると、オバマの敗因は、大銀行・大企業・富裕層との対決を避け、共和党と宥和的・挙国一致的に改革を進めようとした点にあるように思われる。もしも大銀行の救済をせず、中産階級・貧困層の救済のみに財政支出を振り向けていたらどうだったであろうか? もしも医療保険制度改革と金融制度改革で内容的な譲歩などしなかったらどうだったであろうか? 確かに恐慌は恐ろしい規模に発展しただろうし、改革法案は廃案に追い込まれたかも知れない。しかし、他方で恐慌に苦しむ人々に振り向けられる財源も約2倍になり、誰と誰の利害が対立しているのか、オバマはどちらの味方をしているのか、そのオバマの妨害をしているのは誰か、そうした構図は鮮明になったはずである。そうして中間選挙には勝利した方が、結局は改革を思う存分進められたのではないだろうか。

 確かにこれは一種の賭けかも知れない。しかし、思い出してみれば、ティーパーティー運動を支えた草の根保守層こそ、かつてブッシュJr.前政権の提起した7000億ドルの銀行救済策に最も鮮明に反対した人々でもあった。筋を通すためには恐慌の激化すらをも恐れぬ市民の野蛮な一途さから、オバマ自身がもっと学び、また励まされるべきだった、と言うのは無謀な話だろうか?

平野 健(ひらの・けん)/中央大学商学部准教授
専門分野 アメリカ経済論
1962年生れ。1987年京都大学経済学部卒業、1992年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得ののち、1993年より東京大学社会科学研究所助手、1995年福島大学経済学部助教授、2003年中央大学商学部助教授(2007年から准教授)を経て、現在に至る。
主要業績(いずれも共著):藤本隆宏・西口敏宏・伊藤秀史編著『リーディングス サプライヤー・システム』(有斐閣、1998年)、萩原伸次郎・中本悟編著『現代アメリカ経済』(日本評論社、2005年)、井上博・磯谷玲編著『アメリカ経済の新展開-アフター・ニュー・エコノミー-』(同文舘出版、2008年)、一井昭編著『グローバル資本主義の構造分析』(中央大学出版会、2010年)など。