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鳥海 重喜

鳥海 重喜 【略歴

北極海航路の可能性

鳥海 重喜/中央大学理工学部助教 博士(工学)
専門分野 情報工学、社会システム工学

北極海航路の現状

 「北極海」とは、北極を中心としてユーラシア大陸と北米大陸などに囲まれた海を表します。この北極海を通って、太平洋と大西洋を結ぶ航路を「北極海航路」と呼びます。さらに北極海航路は大きく2つに分けられ、ユーラシア大陸のロシア沿いを通る航路を「北東航路」、北米大陸のカナダ沿いを通る航路を「北西航路」と呼びます。航路とは呼ぶもの、北極海は海氷や流氷などに覆われており、一般の船舶が通航することはこれまで困難でしたが、近年の地球温暖化の影響によって海氷が縮小し、商業航路として利用できる可能性が見えてきました。地球温暖化の数少ない有益な事象といえるでしょう。実際、2008年9月には、1978年から始まった衛星による観測史上初の事象として、北東航路と北西航路の両側の海氷が消滅したことが株式会社ウェザーニューズのグローバルアイスセンターによって報告されています。また、2010年8月には、ロシア最大の海運会社ソフコムフロートの大型タンカーが、北東航路を通航して、軽質原油コンデンセート7万トンをロシアのムルマンスク港から中国まで輸送しました。

北極海航路が注目を浴びる理由

 北極海航路が注目を浴びるのには理由があります。まず第一に、欧州と東アジア、米国東海岸と東アジアを結ぶ航路において「航海距離が大幅に短縮される」ということです。例えば、イギリスのフェリックストゥと韓国のプサンを結ぶ航路は、現状のスエズ運河経由では約10,700海里なのに対して、北極海経由では約7,400海里となり、距離が約30%短縮されます。距離が短縮されれば、航海に必要な燃料の消費を削減したり、所要日数を削減することが可能になります。

 第二の理由としては、「海賊に遭遇する可能性が低い」ということが挙げられます。現在、スエズ運河を経由して欧州と東アジアを行き来する際に通航するマラッカ海峡やアデン湾(ソマリア沖)では、海賊が頻繁に出没しており、その被害が多発しています。(アデン湾の)海賊を避けるためにアフリカの喜望峰を回ると航海距離が大幅に増大してしまいますし、危険を承知でそこを通航するとなると高騰する海上保険料を支払わなければならないため、どちらにしても海運会社や荷主にとって輸送コストが増大することになってしまいます。北極海航路では、これまで海賊被害はほとんど報告されていません(通航する船舶がなかったため当たり前ですが)。

 そして第三の理由は、「北極海に眠る資源を輸送する」ということです。北極海には原油や天然ガスなどの資源がかなり埋没されていると考えられており、沿岸国は、これらを採掘して資源輸入国である日本や中国などに海上輸送するということを検討しています。我が国としても、リスク管理の観点から、資源の輸入先の多様性を求めていく必要があるため、注意深く見守っているというわけです。

船舶輸送への影響

 さきほどの第一の理由で挙げた航海距離の短縮効果について、実際の船舶の動きを表すデータとオペレーションズ・リサーチ手法を用いて分析した結果、アメリカの東海岸と中国・韓国・台湾などの東アジアを行き来する航海において、航海距離短縮効果が大きいことが分かりました。

 短縮される航海距離を航海日数で考えてみましょう。現状の航海における船速で北極海航路を通航すると、航海距離が短くなる分、航海日数も短くなります。計算してみると、最大で約16日、平均で約3日半、航海日数が短くなることがわかりました。船舶ごとにまとめると(複数の航海で短縮されている場合があるので)、平均で約6日になります。逆に、現状の航海日数を維持すると仮定すれば、2~4ノット程度船速を落とす(減速航海する)ことができます。船舶の特性である、航海による単位時間あたりの燃料消費量は概ね船速の3乗に比例するということを考慮すれば、約40~50%もの燃料消費量を減らすことができると推計できます。

図1:デジタル航路ネットワーク
航海距離短縮効果を推計する際に活用します。
ここに出発港と到着港を指定して、カーナビのように最短航路を求めます。

図2:航海距離の比較
プロットされている一つ一つのダイヤがそれぞれ航海を表しています。

北極海航路の実現に向けて

 北極海航路の商業利用に向けて解決しなければならない問題も数多くあります。例えば、現状では北東航路を航行する場合、船舶の耐氷性能についてロシアの許可を受ける必要があります。現在、運航されている船舶のほとんどはこの耐氷性能を満たしておらず、船舶の耐氷化(耐氷性能を満たす船舶の建造)が必要になります。また、安全な運航のためには、気象測候所を整備しなければなりませんし、極に近いところを通航することから観測機器などの磁気嵐への対応も必要になります。さらに、関係国の利権争いも見え隠れしており、交錯する思惑に対して政治的な決着が必要になるでしょう。

 北極海航路は、世界各国の海上物流に大きなインパクトを与えることは間違いありません。現在、東アジアのハブ港として賑わっているシンガポール、香港、韓国(プサン)に対して、日本は北極海航路の出入口となるベーリング海峡に近いので、ハブ港として立地優位性があります。これからの政策決定や企業活動における意志決定の際には、北極海航路の実現性にも注視していく必要があるでしょう。

鳥海 重喜(とりうみ・しげき)/中央大学理工学部助教 博士(工学)
専門分野 情報工学、社会システム工学
神奈川県横須賀市出身。1997年中央大学理工学部卒業。1999年中央大学大学院理工学研究科情報工学専攻修士課程修了。キヤノン株式会社を経て、2007年中央大学大学院理工学研究科情報工学専攻博士後期課程修了。独立行政法人海上技術安全研究所研究員を経て、2008年より現職。日本オペレーションズ・リサーチ学会、地理情報システム学会、日本応用数理学会、日本都市計画学会、交通工学研究会所属。現在、鉄道・船舶・航空などの交通システムとそれと密接な関係を持つ都市・地域・環境の諸問題を解決するための数理的手法、並びに、実践的手法に関する研究に従事。
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