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杉浦 宣彦

杉浦 宣彦 【略歴

国民共通番号導入に向けて検討すべきことは何か

杉浦 宣彦/中央大学大学院戦略経営研究科教授
専門分野 金融法、IT法

財政再建が最大の目的

 2010年12月3日、政府は国民一人ひとりを特定する「共通番号」の導入を正式に決めた。政府が検討する番号は、税や社会保障に関わる番号制度と行政サービスの連携を図るための「国民ID制度」の2つだが、両者を紐づける(一本化する)ことで、税金や社会保障のみならず、運転免許証や健康保険証、パスポート、厚生年金手帳から印鑑登録証に至るまで、あらゆる個人情報を一つのIDで一元的に管理するコモンデータベースを構築することができる。これによって、行政のシステムに横串を刺し、行政の効率化ならびに徴税の厳正化を図ることができ、結果として、財政再建に大きく寄与することが期待されている。当面は、危急を要する社会保障と税の部分を対象とした番号制度の導入を軸に議論が進められていくだろうが、さらに利便性を高めていくために、銀行の口座番号や医療機関のカルテ番号、企業の持つお客様番号など「民間ID」との連携も考えられており、国民IDとの紐づけで相互にサービスが利用できる仕組みの検討も進められる予定である。

 このような任意制でない義務、ないし半強制的な国民共通番号の導入は、すでにお隣の韓国や欧州諸国の一部では1990年代の終わりから実現しており、わが国も同様な制度の導入に向けて、やや遅ればせながら検討がスタートしたということになる。

どのように番号制度を導入すべきか?

 もっとも、この国民共通番号の導入について、政府が目標としている2014年までに実現するかどうか危ぶむ声も多い。というのも、番号の定義を考えただけでも、現在検討されている住民票コードを基にした新番号については、コードやそれと紐付いている住所等は、国民の申請で変更可能であり、厳密な身元確認をしたうえでの新番号の発行を考えると、時間的に非常に困難なことになるからである。むしろ、民間のID(銀行の口座番号やインターネット・ショッピング等で使うログインIDなど)の方がものによっては、身元確認が終了しているものもあり、活用しやすいのではないかという意見もある。また、年金記録等の名寄せ問題は基礎年金番号が識別や同定といった番号が持つべき役割ができていなかったために発生したことから、共通番号制度の実現性を考えると、まず共通番号の役割を実在確認と意思確認の役割に限定して、住民票の電子発行や申請資格の問い合わせあたりからスタートする方がよいのではという意見もある。共通番号制度にどのような役割を持たせていくかということを意識し、使いやすさも加味しながら徐々に本来の目的に向けて制度設計をしていく必要があるだろう。

個人情報保護や本人確認をめぐる問題

 また、これまで共通番号導入話が出るたびに国民が不安視してきたのは、住民基本台帳導入時にも発生した情報漏洩や目的外利用といった不正の発生、蓄積データで人物像を推測されたり、共通番号という広く使われる不変の見える番号により、行動トラッキングや成りすましが容易に行われたりするのではないかという懸念があるからである。共通番号により行政機関の情報連携が進んだ結果として、行政機関の担当官が、医療記録や納税額、さらには年金受給額等までを一度に参照できてしまうようだと、個人情報保護の問題はないがしろにされたことになる。このような事態を発生させないためにも、共通番号によって紐づけられる情報をどこまでにするのか、そのルールが守られているかを監視する必要がある。

 さらに、共通化を進めていくためには、(1)現在、1800もの自治体が個別に制定している個人情報保護ポリシーの標準化を行うことや、(2)犯罪収益防止法・携帯電話不正利用防止法ならびに公的個人認証法等で定められている本人確認基準の統一、加えて、(3)これまでの電子署名法やIT書面一括法との整合性等も検討しなくてはならないだろう。

信頼できるフレームワークづくりに向けて

 上述のような懸念に対して、政府はすでに、「第三者機関」である専門機関を設置し、各行政分野における情報連携の監視をする役割を背負わせる方向で検討している。場合によっては、それを番号制度だけでなく、電子政府の仕組み全体の監視機関として活用することも考えられるだろう。しかし、そのような機関をどのようなメンバーで構成すべきかについては、少なくとも、ITや行政に知見のある人材を導入するだけではなく、組織として各省庁から独立した機関にすることが重要である。そのうえで、共通番号制度を支えるための属性提供者と属性利用者を結びつけ、双方間にある情報の非対称性を埋め合わせてくれるような「信頼フレームワーク」の確立とそれを誰が運営するのかについて、その設立要件を含めた法制度の在り方も含め検討する必要がある。

 加えて、すでに、米国政府は2010年6月の「トラストIDに関する国家戦略」において、Open Identity Trust Frameworkの考え方を導入し、デジタルアイデンティティを利用するに当たってサーバースペース上の脅威を減らし、プライバシー保護を向上させるための戦略の策定を進めている。IT社会がいまや国境を越えたものである以上、諸外国の動向・考え方を把握し、わが国における議論の参考にすることも必要不可欠なことであろう。

 以上のように、国民共通番号導入にはまだまだ検討すべき問題が山積しており、その実現は。わが国での電子政府が実現するかどうかを左右する問題でもあると同時に、プライバシーをめぐる議論に大きな変化・影響を与える問題だけに、国民一人ひとりが強い関心を持って議論の方向性を見守っていく必要がある。

杉浦 宣彦(すぎうら・のぶひこ)/中央大学大学院戦略経営研究科教授
専門分野 金融法、IT法
1966年生まれ。1989年中央大学法学部卒。同年、香港上海銀行へ入行。その後、金融庁金融研究センター研究官、JPモルガン証券シニアリーガルアドバイザーを経て、2008年より現職。勤務の傍ら中央大学大学院で学び、2004年法学研究科博士後期課程民事法専攻修了。博士(法学)。専門は、金融法、IT法、企業コンプライアンス論で、電子金融取引関連の法制度が得意分野だが、国際金融法制センター・学術パネルメンバーとして、金融危機以降の金融法制のあり方、また、OpenIDファウンデーションジャパンのアドバイザーとして、「国民ID制度」についての研究も進めている。著書に『決済サービスのイノベーション』(ダイヤモンド社、2010年)、『モバイルバリュービジネス』(中央経済社、2008年)などがある。