トップ>オピニオン>日中ビジネスの新局面 -尖閣諸島沖での衝突事件から何を学ぶか-
服部 健治 【略歴】
服部 健治/中央大学大学院戦略経営研究科教授
専門分野 対中投資経営論、中国産業・市場論、アジア経済論
9月7日尖閣諸島(中国では釣魚島)周辺で海上保安庁の巡視船に対する中国漁船の追突事件が発生した。一連の事態は中国との付き合いを再考させる深刻な衝撃を与えた。あぶりだされたことは脆弱な日中関係の本質だ。特に対抗処置として中国政府が打ち出したレアアースの対日輸出差止めは、対中ビジネスの練り直しを迫るものであった。
中国人船長の逮捕抑留からフジタ社員の最後の1名が解放されるまでの騒動、続く中国内陸部で頻発した反日デモ、さらに海上保安庁撮影のビデオ映像が11月5日にインターネット上に流失、と事態は混沌とし、日中双方の政権内の確執にまで飛び火してきた。
今回の問題から何か教訓をくみ上げてみたい。とりわけ中国ビジネスの最前線にいる日本の企業家がどうすればいいか考えてみたい。
まず今回の衝突は偶発だったと思うが、近年尖閣周辺に多数の中国漁船が押し寄せる実情では中国側にも「未必の故意」はあった。つまり事件の偶然性は必然性の時間軸で起こったわけで、根本解決がないわけだから将来も発生する確率は高い。それゆえ中国とのビジネスを従事する者にとっては、「カントリーリスク」の必然性を再認する必要がある。
中国政府が従来にない強硬な対応を見せた理由は何か。中国にとって日中関係で譲れない原則がある。それは「3つのT」と呼称する。「Taiwan」(台湾問題への干渉)、「Territory」(尖閣諸島の領有)、「Textbook」(教科書問題=歴史認識)の三大問題だ。歴史認識に関して日中戦争を侵略でない、南京虐殺などないといえば、中国人の感情を傷つけるが、損得の実害はない。実際、小泉総理の靖国神社参拝では“政冷経熱”という状況で経済活動は維持された。しかし、領土、台湾は失うか失わないかの実利にかかわる問題であり、歴史認識の感情レベルの問題でない。これまでインド、旧ソ連、ベトナム、フィリピン等との国境紛争では中国は武力発動も辞さなかった。尖閣領有は主権にかかわる原則問題とみなし、外交攻勢のみならず青年交流までストップさせた。
10数年前と比べて明確に中国のほうが、日本よりバーゲニング・パワーの持ち駒数は増大している。日本経済が中国に依存しているのはその証左だ。中国は国連の常任理事国であり、政治的影響力を保持し、軍事、経済力、外貨保有、そして観光団、民間交流まで左右できる。じたばたしても仕方がない。そこで日本はいかにたくさんのバーゲニング・パワーを堅持しておくかである。より高度の先端技術、モノ作り、ファッション、アニメ、建築などのソフトパワー。誰も中国から学ぼうとしないけど、日本からは学ぼうとする清潔、安全、礼節の社会システム。数年先に中国の空母が出現することを見込んで、尖閣諸島の実効支配のため日本も海軍力の増強が急がれる。「実効支配」もバーゲニング・パワーのひとつであり、それゆえ“主権棚上げ・共同開発”などの提案も可能となる。
中国は敵ではなく友人だが、率直にいって味方ではない。また、共産党政権と中国国民は区分すべきだ。中国共産党は歴史上日本との戦いの中で成長してきた。残念ながら体内には反日・抗日・ 嫌日のDNAが根底にあることを絶対に忘れてはならない。とくにマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、並びに社会主義を国民が信奉しなくなった今日、政権維持の立脚点はナショナリズム(愛国主義)であり、必要以上に抗日戦争の戦果を鼓舞し、日本軍の残虐性をあおる反日教育が実施されてきた。愛情でなく憎しみで統治すれば、その政権は「ダモクレスの剣」だ。
他方、日中両国は地勢的に移転のできない関係であり、日中両民族は永遠の友好と平和の建設に邁進せざるをえない。過去に日本は中国を侵略し、多くの災害をもたらしたので、一層民族間の友好には気を使うことである。同時に中国人の深層心理には、依然日本を懲らしめたいとする気持があること、「排外主義」の歴史的伝統も残存することを理解しなければならない。これは長い歴史と文化を持つ誇り高い民族が欧米列強・日本に圧迫されたことによる被害者意識の残影と羨望に起因する。「日中友好」の空念仏でなく、異文化交流の観点が大切である。
緊迫した時期こそ、日中関係は「理解・協力・信頼」の構築が主流であり、「対立、憎悪」は傍流であるとする、一段高い視角が求められている。
中国とビジネスをしている日本の企業家が、実際の対応として心しておくべきことを3つあげてみる。