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中條 誠一

中條 誠一 【略歴

アジアの壮大な夢「通貨統合」に向けて

中條 誠一/中央大学経済学部教授
専門分野 国際金融論、外国為替論

世界を駆け巡る過剰ドル

 1990年代以降、欧州、メキシコ、アジア等、世界各地で通貨危機が頻発。2007~2009年には、原油価格を始めとする資源価格の暴騰・暴落、そして世界金融危機に見舞われた。

 その原因を一言でいえば、「物の経済」に比べて「お金の経済」が膨張し、有り余る資金が投機機会を狙って世界中を徘徊していることにある。例えば、世界の実体経済(GDP)の規模に対して、世界の金融資産規模は約3倍にものぼっている。さらに、物の貿易に比べ、国境を越えた金融取引はIT技術の発達で瞬時になされ、その投入資金は47兆ドルにも及んでいる。まさに、物の取引に必要な額を超えた巨額の余剰資金が、世界を駆け巡るたびに、危機と呼ばれる混乱が発生している。

 「お金の経済」の肥大化の最大の原因は、アメリカが巨額の経常収支赤字によって、ドルを世界中に垂れ流していることにある。基軸通貨であるドルをもつアメリカは、自国通貨でいくらでも外国から輸入できる大きな特権を持っているため、経常収支を均衡させるという節度に欠ける。その結果、経常収支の赤字を続け、積もり積もった対外債務は3.5兆ドルにも膨らんでいる。基軸通貨国・アメリカだからこそできる桁違いの借金である。

 しかし、永遠に借金をし続けることは不可能であり、いずれ世界経済は立ち行かなくなるという不安の中に世界はある。特に、今回の世界金融危機の震源地になったことで、アメリカ経済、ひいてはドルへの信認は大きく崩れてしまった。そのため、有り余るドルは絶えず有利な投機先を求めてさまよい、そのたびに混乱が生じるし、いつかドルが暴落しかねないという不安に世界はさいなまれている。

アジアもドルからの脱却を目指し通貨統合を

 これを解決するには、どうすればよいであろうか? 根本的には、特定の国だけが特権をもったシステムではなく、どこの国の通貨でもないSDRのような世界の通貨を創出し、それを国際通貨とすることである。しかし、それは理想であり、すぐに実現は難しい。

 そこで、ヨーロッパでは協力してユーロを誕生させ、少なくとも域内ではドルを駆逐して、不安定なドルから脱却することにした。アジアは、これまでドル圏であったが、通貨危機でドルに過剰に依存することの危険を知り、世界金融危機でアメリカの金融システムの脆さ、ドルの信認の低下を実感した。その中で、ドルから脱却し、新しいアジアの共通通貨を導入しようという壮大な夢が生まれつつある。もし、その夢が実現すれば、アジア域内では通貨の変動はなくなり、安定的な貿易や金融取引ができる。さらに、参加国は全て平等で、誰も特権を持つことがない通貨圏ができるからである。

 しかし、その道のりは遠く、険しいといわざるを得ない。ドルに代わる新しい共通通貨を創出するためには、アジア各国があたかも1つの国のように経済が一体的で同質的でなければならない。ところが、大国から小国、成長著しい国から停滞国、高度な産業・貿易構造の国から資源・農業主体の国等々、アジアは千差万別である。したがって、すぐに共通通貨を導入し、その通貨での金融政策によって、アジア全体の経済を運営することは難しい。現時点では、ひとつの梶で「アジア丸」を運行することはできないということである。

鍵を握る中国、問われる日本の通貨外交

 30年も50年もかかるこの壮大な夢の実現には、越えなければならない大きな障害がいくつも横たわっている。もちろん、アジア経済は多種多様であり、本当に一体化・同質化が図れるかという点が最大の問題であろう。さらに、政治体制の相違や文化の違いから、統合に向けての合意が図れるかということも懸念される。

 しかし、何よりも危惧されるのは、中国の思惑であろう。ヨーロッパではほぼ拮抗した経済力のドイツとフランスが小異を捨てて大同を求め、強い協力関係とリーダーシップで通貨統合の実現にこぎつけた。しかし、アジアのリーダーである日中間には政治的不信感があるだけでなく、数十年後には経済格差は数倍に開き、中国はアジアにおけるガリバー国になる可能性が強い。「アジアの超大国」となった中国が、自らの通貨・人民元を国際化し、アジアを人民元圏とする方針を採ったならば、夢は費えてしまう。

 その時には、日本は最も深刻な打撃を受け、極東アジアの小国に転落かねないし、アジア全体の利益も損ねられてしまう。それを避けるためにも、対等な経済力を維持している今こそ、日本は積極的な通貨外交を展開し、通貨統合の必要性をアジア訴えなければならない。中国との幅広い対話の推進、他のアジア諸国、とりわけインドを巻き込んだ交渉戦術等、その外交手腕が試されることになろう。

中條 誠一(なかじょう・せいいち)/中央大学経済学部教授
専門分野 国際金融論、外国為替論
1949年生まれ。新潟県出身。1971年中央大学経済学部経済学科卒業。
1973年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。1991年商学博士(大阪市立大学)
日商岩井株式会社調査員、大阪市立大学商学部助教授・教授を経て、1996年より中央大学経済学部教授。
所属学会:日本国際経済学会(理事)、日本金融学会、日本貿易学会。
専門は、国際金融論、外国為替論。現在の研究課題は、アジア通貨危機および世界金融危機とアジアの通貨・金融協力、アジアの通貨統合、中国の人民元問題など。
また、主要著書に、『変動相場と為替戦略』(共著、金融財政事情研究会)、『貿易企業の為替リスク管理』(東洋経済新報社)、『ゼミナール為替リスク管理 - 新外為法下の戦略・新版』(有斐閣ビジネス)、『アジアの通貨・金融協力と通貨統合』(文真堂、近刊予定)などがある。