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山田 省三

山田 省三 【略歴

女性85.6%、男性1.72%って、なんの数字?

山田 省三/中央大学ロースクール(専門職大学院法務研究科)教授
専門分野 労働法・社会保障法

数字が意味するもの

 この圧倒的に女性の比率が高い数字が何を意味しているか、お分かりだろうか。

 この数字は、2009年における育児休業の取得率である。実は、2008年の統計では、女性90.6%、男性1.23%の取得率であったから、女性は5ポイント減となったことになるが、これは、育児休業制度が始まって以来、初のマイナスである。これに対し、男性は約0.4ポイントの微増となっているが、男性の取得率を10年以内に10%とする厚生労働省の目標には、ほど遠いのが現状である(なお、「育児休業取得率」とは、調査前年度1年間の出産者(男性の場合は、配偶者が出産した者)の数を分母とし、出産者のうち、調査時点までに育児休業を開始した者(開始予定の申出をしている者を含む)の数を分子としたものである)。

イクメンの星

 近年、ワークライフバランスという言葉が広がりつつある。平成19年12月に制定された労働契約法においても、「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」との規定が定められた(同法3条3項)のも、この傾向に沿うものであろう。また、イケメンならぬ「イクメン」という言葉が、今年の流行語大賞の候補になりそうであるし、厚生労働省によるイクメンプロジェクトがスタートし、10月には、「イクメンの星」が選出されたとのことである。「星」という用語には、スターのように輝く存在を意味する反面において、イクメンはまだ星のように遠い存在であるという意味を包含しているようにも思われる。このようなワークライフバランスという言葉が広がっているにもかかわらず、第1子出産前後に就業を継続する女性の比率は、わずか38%にとどまっており、3人に2人の女性は退職するという数字がこの20年間ほとんど変わっていないことこそ、この問題の実態を何よりも物語っていよう。

ワークライフバランスと男女平等との関係

 ところで、ワークライフバランスが強調されるのは、男女を問わず、労働者が育児や介護と両立させながら仕事を続けることを保障するためであることに疑いない。しかし、ワークライフバランスが強調されるのは、これにとどまらず、雇用における男女平等と密接に結びついていることに留意されるべきである。

 雇用における男女平等においては、「統計的差別」との用語が指摘されることがある。つまり、一般に女性は勤続年数が短い、あるいは前述したように、出産や育児で退職してしまうから、せっかく教育訓練等のコストをかけても回収できないから、女性を採用・昇進させないことには合理性があるという考え方である。もっとも、男女差別をめぐる裁判における原告は長年勤続してきた女性であるから、女性の勤続年数が一般に短いからという主張がいかに無意味なものであるかは容易に理解できよう。ちなみに、男女雇用機会均等法のような差別禁止法は、そもそも統計的差別を禁止するものであることを確認しておきたい。

 もっとも、平等とコストの問題は、労働法上の難問の一つであるが、このコスト論に対抗するには、女性の勤続年数を増加させることが不可欠であり、女性が実質的に担っている(担わされている)育児介護と仕事との両立が可能となる制度としての、育児介護休業制度の意義が明確になろう。

 さらに、女性のみが育児介護に従事しているという社会的事情を前提すれば、企業は、女性を採用すると、育児介護という「余分な」コストを負担しなければならないこととなるのに対し、男性を採用すれば、このようなコストを回避することができる。この観点からすれば、男女差別をしている企業は、少子化が進行しているわが国社会において、いわば育児介護という社会的コストの負担を不当にも回避していると指摘することも不可能ではないであろう。

 したがって、結論は明らかである。男性も女性と同じように育児介護に従事するようになることこそが、育児介護にかかるコストを中立化させるための重要なカギとなるということである。すなわち、職場の男女平等のカギは、実は家庭にあったということでもある。まさに、この意味において、「イクメン」は期待の星であるが、企業における支援なしには、輝ける星とはなれないことも、明白であろう。

未婚者にもワークライフバランスを

 本稿では、育児介護休業制度を中心に、ワークライフバランスの問題にコメントしてきたが、この問題は、育児介護休業に限定されるものではないことは当然である。結婚しない自由もあるし、結婚しても子供を産まない権利も保障されるべきであるから、独身者や夫婦のみ世帯等に対しても、労働時間短縮、フレックスタイムの拡大、年次有給休暇の取得促進をはじめとするワークライフバランス施策がいっそう推進されるべきであることを指摘して、このコラムを終わりたいと思う。

山田 省三(やまだ・しょうぞう)/中央大学ロースクール(専門職大学院法務研究科)教授
専門分野 労働法・社会保障法
東京都出身。1948年生まれ。1981年中央大学大学院法学研究科博士課程満期退学。法学修士(中央大学)。1987年中央学院大学法学部専任講師、1993年中央学院大学法学部助教授、1995年中央大学法学部助教授、1996年中央大学法学部教授、2004年中央大学大学院法務研究科(法科大学院)教授となり現在に至る。弁護士(東京弁護士会)所属。専攻は、労働法・社会保障法。研究テーマは、雇用平等、イギリス労働法、年金制度等。著書として、「セクシュアルハラスメントと男女雇用平等」(単著、旬報社)、「男女同一賃金」(共著、有斐閣)、「労働法解体新書」(共編著、法律文化社)、「社会保障法解体新書」(共編著、法律文化社)、「わかりやすい年金ガイドブック」(共著、法律文化社)、「ロースクール演習労働法」(共編著)、「リーディングス社会保障法」(編著、八千代出版)等。