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御船 洋

御船 洋 【略歴

財政再建のゆくえ

御船 洋/中央大学商学部教授
専門分野 財政学

事業仕分け

 政府の行政刷新会議による事業仕分け第3弾(前半)が10月末に行われた。今回は、国の18特別会計(特会)48事業が仕分けの対象とされた。結果は、特会では、社会資本整備事業特別会計など4特会が廃止、農業共済再保険特会など3特会が統合、地震再保険特別会計など10特会が見直しと判定された。事業では、スーパー堤防事業を含む8事業が廃止、40事業が見直しと判定された。

 民主党政権の目玉政策の一つとして始まった事業仕分けは、第1弾が昨年11月に、第2弾が今年4~5月に行われた。第1弾では、国の実施する約3,000事業のうち449事業が対象とされ、第2弾では、独立行政法人・公益法人の47法人151事業が対象とされた。

 事業仕分けの目的は、事業の無駄を洗い出し、事業の廃止や縮減によって新規事業に充当するための財源を捻出することである。民主党のマニフェストには、子ども手当、高校無償化、農家の個別所得補償など、新規事業が盛り込まれ、2013年度に総額16.8兆円の経費が見込まれていた。

 だが、3回の事業仕分けで捻出できた財源は、3.3兆円程度に過ぎず、16.8兆円には遠く及ばない。無駄の削減だけでは新規事業の財源を確保できないことはもはや明らかだ。

大きな赤字と小さな政府

 今年度の国の一般会計予算には上記の新規事業が盛り込まれ、歳出は前年度よりも4.2%増えて約92兆円となった。歳入は、租税収入が37兆円、国債が44兆円計上された。租税収入は歳入全体のわずか4割にとどまり、国債が5割近くを占めるという、大赤字予算だ。しかも歳入の残り1割は特別会計の準備金や積立金の繰り入れ(「埋蔵金」)でまかなっているので、これを借入れとみなせば、歳入全体の実に6割が“借金”で構成されるという前代未聞の異様な予算の姿になったのである。

 2010年度末の国と地方を合わせた長期債務残高は約862兆円になると推計されている。その対GDP比率は181%である。この値は、主要先進国中抜きん出て高い。財政危機でユーロ体制を動揺させたギリシャでさえ、長期債務残高の対GDP比率は125%程度である。日本の財政はきわめて深刻な状況にあるといわざるをえない。

 以上で述べた、日本の財政が巨額の赤字を抱えて危機的状況にあるということは、いまや多くの国民にとって“常識”かもしれない。しかし、わが国の政府が「小さな政府」だということは、一般にはあまり認識されていないように思われる。OECD加盟国との比較によってこのことを確認しておこう。

 日本の一般政府(国と地方(公営企業を除く)を合わせた政府概念)支出の対GDP比率は37.1%で、OECD加盟国で比較可能な28か国中低い方から数えて5番目に位置する(2007年)。一方、国民の負担の大きさを表す指標である国民負担率(租税と社会保険料の合計額の対国民所得比率)は39.5%で、OECD28か国中低い方から数えて4番目である(2007年)。また、労働力人口に占める公務員数の割合は5.3%で、OECD26か国中最も低い(2005年)。このように、わが国の政府の規模は小さいのだ。

歳出増大圧力 対 財政再建

 わが国の政府規模が小さいことは、個々の支出を見ても確認できる。たとえば、高齢化の進展により社会保障給付費が急増しているが、その水準は国際的にみれば低い。社会保障給付費の対GDP比率は17.7%(2003年)で、OECD29カ国中、低い方から数えて7番目である。

 また、教育費の公的支出分の対GDP比率(3.4%)は、OECD29カ国中最も低く(2005年)、保育・幼児教育への公的支出の水準も国際的に低位にある。さらに、少子化対策と関連の深い家族・児童向け公的支出の対GDP比率も、国際的にみるときわめて低い。

 一方、科学技術関係予算についてみると、研究費総額に占める政府負担の割合は、欧米諸国と比べても、中国、韓国と比べても低い水準にある。

 これらの数字を見る限り、高齢化対策、少子化対策、教育政策、科学技術振興策、いずれの政策も現状では不十分な量的水準にあり、主要先進国並みの水準を目指すのならば、財政支出を増やしていく必要があると言える。また、高齢化が進めば、社会保障関係経費は自動的に増加していくことが予想される。いずれにせよ、今後、歳出増大圧力はより一層強くなるとみておかなければならない。

 それに対して、すでにみたように日本の財政は巨額の赤字を抱えて火の車状態にあり、財政再建は喫緊の課題である。では、上記のような歳出増大圧力のなか、どうすれば財政再建を進めることができるだろうか。

「低負担・高福祉」はありえない

 ヨーロッパ各国では、ギリシャの財政危機を契機として、すでに財政再建への動きが加速している。また、今年6月のG20で、参加各国は2013年までに財政赤字を半減させることで合意した。ただし、日本については、ギリシャなどと違って、国債のほとんどが国内で消化されているという理由で例外扱いとされ、独自の財政再建計画(2015年度までに国と地方の基礎的財政収支(国債以外の歳入で国債費以外の歳出をまかなえるかどうかを表す指標のこと。プライマリー・バランスとも呼ばれる)の赤字額の対GDP比率を半減させる)を進めることが容認された。これは日本の財政再建に関する国際公約といえよう。

 日本の今年度の基礎的財政収支は約24兆円の赤字である。さしあたり経済成長を無視すると、この24兆円の赤字をむこう5年間で半分にするには、毎年度2.4兆円の赤字削減を行わなければならない。これを「無駄の削減」だけで達成するのが不可能なことは、冒頭で取り上げた事業仕分けの結果を見れば明らかである。

 財政再建のために、イギリスのように大胆な歳出カットを打ち出す方法ももちろん考えられる。しかし、前述したように、わが国の場合、福祉にせよ教育にせよ、歳出の量的水準が国際的にみて低いことを勘案すれば、とくにこの分野での歳出カットには慎重を期す必要がある。

 そもそも膨大な財政赤字の累積は、われわれが受け取った政府サービスのコストをわれわれが支払った税や社会保険料でカバーしきれていないことを物語っている。「低負担・高福祉」はありえないということを肝に銘ずるべきであり、国民負担の増加による財政再建の方向を考えるべきである。また、新規事業の導入に際しては必ずその財源を確保しなければならないという原則(pay-as-you-go)の順守を徹底すべきである。

 財政破綻の足音が刻々と近づいている。政府の英断に期待したい。

御船 洋(みふね・ひろし)/中央大学商学部教授
専門分野 財政学
岡山県出身。1949年生まれ。
1974年横浜国立大学経済学部卒業。
1979年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位所得退学。
1979年中央大学商学部助手。専任講師・助教授を経て1990年より現職。
現在の研究テーマは、少子高齢化が財政・社会保障にどのような影響を及ぼすかについて研究している。
著書に、『公共経済学』(共著、東洋経済新報社、1998年)『分権化財政の新展開』(共編著、中央大学出版部、2007年)『グローバル化財政の新展開』(共編著、中央大学出版部、2010年)などがある。