Chuo Online

  • トップ
  • オピニオン
  • 研究
  • 教育
  • 人‐かお
  • RSS
  • ENGLISH

トップ>オピニオン>ピンチをチャンスに

オピニオン一覧

都筑 学

都筑 学 【略歴

ピンチをチャンスに

都筑 学/中央大学文学部教授・大学院文学研究科委員長
専門分野 発達心理学

不幸な日本の子ども

 ユニセフは、子どもの幸福度調査の報告書を2007年に公表した。これは、OECD加盟25カ国の子どもを対象に、生活と福祉の現状を総合的に評価したものである。その結果は、日本の子どもの実態を端的に示している。

 その一つが、生活の中での主観的幸福感について尋ねた結果である。質問は、「私はのけ者にされている感じがする」「私はやりにくさを感じ、居心地が悪い」「私は孤独を感じている」の3項目である。

 多くの国において、これらの質問に「はい」と答えていたのは、15歳の子どもで5~10%であり、その割合は少なかった。10%を超える国は、ごくわずかであった。それに対して、日本の子どもの回答はきわめて特徴的だった。「私はやりにくさを感じ、居心地が悪い」と答えた子どもが18%もいた。「私は孤独を感じている」については、実に30%もの子どもが「はい」と答えていたのだった。これらの結果から、日本の子どもは他の国の子どもと比較して、対人関係の側面からみた主観的幸福感の感じ方が弱いということがわかったのである。

時代の空気を吸って生きる子ども

 子どもは社会を映す鏡であると言われる。今の日本社会においては、人間関係が希薄化し、人と人とのつながりが不確かなものになっている。無縁社会とも言われるように、人々が孤独に生きることを強いられるような社会でもある。先に紹介したユニセフの調査結果は、そうした日本社会のありようを映し出していると言えるだろう。

 子どもは時代に生きる存在である。それぞれの時代は、特有の空気を醸し出している。今の日本は、生きづらさや生活の困難さが、人々の暮らしの隅々にまで広く行き渡ってしまった社会である。不安や先行きの不透明感が強く、人々が見通しを持って生きにくい社会でもある。

 大人の世界では、失業やリストラによって生活が脅かされている。政治の世界では、虚偽が蔓延し、信頼に足るものを見出しにくくなっている。子どもはそうした時代の空気を吸い、大人たちの様子を日々横目で眺めながら、成長していくのである。

将来に希望を持てない子ども

都筑(2008)

 図1に示したのは、小・中学校の児童・生徒15,718人を対象に実施した調査の結果である(都筑2008)。小学4年生から中学2年生にかけて、将来への希望が徐々に弱くなっていく様子がわかる。中学2年生から3年生にかけては、わずかであるが将来への希望が強くなる傾向が認められた。女子は男子よりも、将来への希望をより強く感じていたが、学年とともに将来への希望が弱くなっていくのは、男女で共通していた。

 授業や講演会で、このような結果を紹介すると、学生や聴衆から溜息とも何ともつかないものが洩れてくるのを感じることがある。子どもたちが大きくなればなるほど、自分の将来に希望を持てなくなっていくというのは、何とも切ない結果である。

 このように年齢とともに希望が萎んでいくのは、二つの理由が考えられる。一つは、子どもが今の時代の空気に半ば汚染されていくからである。子どもは、多くの場面で、希望を持てない現実に直面する。そのせいで、だんだんと希望を失っていくのだ。もう一つは、年齢が上がるにつれて、認識能力が発達するからである。子どもは世の中や自分自身のことをより客観的に眺められるようになり、リアルな眼で物事を見るようになる。それゆえ、楽観的にはなれず、希望が弱くなっていくのだ。

子どもが希望を持つようになる可能性

都筑(2009)

 このように、時代が人々の意識に与える影響力は大きいものがある。暗い出来事が多く、不安ばかりが増幅されるような世の中に生きていれば、希望も持ちにくくなるのも当然だろう。他方で、人間は、時代から一方的に影響される受動的な存在ではない。時代の空気を吸って生きていきながら、新しい時代を創っていくのも、また同じ人間なのである。

 図2は、773人の子どもを対象に、中学3年生と高校1年生の2時点で縦断的に調査した結果である(都筑, 2009)。子どもたちは、高校進学前後における自己意識と対人関係意識を指標としたクラスタ分析によって、6つのグループに分類されている。

 高校進学後に自分に対する自信が出てきた自己肯定群と他者とのかかわりが作られていった他者関係構築群では、中学3年生から高校1年生にかけて、将来への希望が強くなっていた。それとは対照的に、高校進学後に自分に自信を失ってしまった自己否定群と他者とのつながりが薄れてしまった他者関係喪失群では、中学3年生から高校1年生にかけて、将来への希望が弱まっていた。

 中学校から高校への進学は、新しい環境への移行を意味している。高校では、新しい生活が開始される。その高校生活において、自分に自信を持ったり、新しい友人関係を作り上げたりすることで、子どもは自分の将来を希望を持って見ることができるようになるのである。

ピンチをチャンスに変える

  私たちの日々の暮らしの中には、高校への進学以外にも、新しい生活環境に入っていく機会がたくさん待ち構えている。その中には、大きなものもあれば、小さなものもある。それに対して、今まで通りのやり方で乗り切ろうとしても、うまくいかない。そんなとき、私たちはピンチに立たされてしまうのである。

 よくよく考えてみれば、そのときこそ、今までの自分の殻を破り成長するチャンスなのだ。新しい環境での生活をスムーズに進めていくためには、それまでのやり方とは違った工夫が必要になる。新しいやり方を見つけ出せば、ピンチをうまく乗り切っていけるのである。

 高校に入って自分に自信を持ったり、新しい友人を作ったりした子どもは、新しい環境において、これまでとは違ったやり方で能動的に活動したのだろう。そうした自発的な活動を積み重ねることが、自信や友人との出会いに結びついたと考えられる。その結果、ピンチはチャンスとなり、将来への希望が強まっていったのだ。

 ピンチに立たされたときには、ともすれば将来への不安が頭の中をよぎり、今の活動に身が入らなくなりがちである。そんなときこそ、自分が直面している今の活動に集中し、打ち込むことが大事なのだ。そうやって今を充実させることが、将来への希望を育むことにつながるのである。

都筑 学(つづき・まなぶ)/中央大学文学部教授・大学院文学研究科委員長
専門分野 発達心理学
【略歴】
1951年東京都出身。東京教育大学教育学部卒業、東京教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、筑波大学大学院心理学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。 大垣女子短期大学専任講師・助教授、中央大学文学部助教授を経て1994年より現職。
【研究テーマ】
1980年頃から、時間的展望の研究を一貫して行ってきた。この10数年は、環境移行にともなう時間的展望の変化プロセスを縦断的研究によって検討している。