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長谷川 聰哲

長谷川 聰哲 【略歴

変貌する世界経済とAPEC

-加速するアジア市場の統合と日本の役割-

長谷川 聰哲/中央大学経済学部教授
専門分野 国際経済政策、マクロ動学型産業連関分析

世界経済の構造変化とAPECの地位

 地域貿易協定(RTA)は、世界の多角的通商制度を特徴づけるものとして、1990年代初頭以来、衰えることなく増加し続けている。WTO(世界貿易機関)の地域貿易協定データベースに拠れば、財とサービスの通告を個別に数えると、合計474件の地域貿易協定が2010年7月までにGATT/WTO に通告されている。このうち、351件の地域貿易協定が1947年GATT 24条規定の下に通告されている。31件の授権条項、GATS 5条の下に入るものが92件である。現在、実効下にあるものは総計283件に及ぶ。

 ところが、WTOに通告されるべき地域貿易協定のリストに、APEC(アジア太平洋経済協力)はどこにも登場しない。EUや北米自由貿易協定NAFTAなどと違い、APECは制度的な枠組みとしての協定を締結してはいないからである。1989年に設立されたAPECは、制度的な縛りが希薄な地域協力的形態に分類される。APECは、貿易と投資の自由化、ビジネスの円滑化、および経済・技術協力をその基本理念としてボゴール会議(1994年)で合意してきた。

 世界経済の中でのAPECをEUの経済規模と比較すると、人口やGDPにおいて、さらに貿易規模において、APECはEUを上回る規模にある。地域貿易協定の制度的な枠組みを構築してきたEUの地域統合に対して、21の経済からなるAPECは市場誘導型の地域統合と呼ぶことができる。1989年以来、APECを構成する経済では、貿易の成長が高い経済ほど、経済成長のスピードが速いことが知られている。ところが、APEC地域内貿易を見ると、2000年以降は域内市場への依存比率が縮小していることが分かる。この域内依存度の縮小は何を意味するのだろうか。確かに、APEC貿易額は、EUより上回るものの、輸出も輸入も域外市場への依存比率を高め、域内市場の経済的相互依存はEUのそれと較べて進んでいない。域外の市場としての購買力が大きいこと、調達先としての競争力が域外の方が高いことが考えられる。

世界経済の発展を担う企業のオフショアリング

 産業内貿易の強度をあらわすGL(グル―ベル=ロイド)指数(輸出と輸入が双方向に行われる度合い)により過去40年にわたる世界の貿易を測ると、最終財や一次産業の産業内貿易でも高まっているが、とりわけ中間財の産業内貿易が重要な役割を果たしていることが知られている。(参照:世界銀行「世界開発報告2009」)

 企業間で供給したものを購入して付加価値を生み出す中間財貿易は、B2B (Business to Business) 取引と呼んでよい。経済が成長するにつれて、このようなB2B取引の割合が現代の世界では高まっている。B2B取引の実態は産業連関表の中の中間財取引の部分を利用した分析によって、産業別にその特徴を観察することができる。

 OECD(経済開発協力機構)では、各国共通の産業分類により比較可能な産業連関表を公表している。これを利用して、グローバル化した企業活動の中で、各国が中間財の外国からの調達をどのような産業で、どの程度の割合で進めているのかを知ることができる。こうした外国との取引をオフショアリングと呼んでいる。世界の貿易は、B2B取引、すなわち産業活動の中での調達である資材、部品などの中間財需要が大きな割合を占めている。各国の経済活動の中で、オフショアリングがどのくらい進んでいるかを見るため、特定の産業が財貨・サービスを輸出する場合に、輸入財貨・サービスをどれくらい利用しているかの割合として定義する垂直的特化指数を用いることが有益である。

 米国、日本などの経済規模の大きな国ほど、この垂直的特化の度合いが少ない傾向にある。近年では、先進工業国の企業が、垂直的特化を急速的に進めていることが知られている。OECD経済の中でもとりわけ日本の変化は大きいが、日本ばかりではなく、欧米主要工業国をはじめ、中国でもこうした傾向が認められる。このような垂直的特化は、石油精製、自動車やハイテク産業、金属製品などで顕著に行われている。

グローバルなオフショアリングを促進する貿易費用の低下

 第二次世界大戦後の世界は、平均して年率6.2%の成長率で貿易が拡大してきた。こうした世界経済の深化する相互依存関係をグローバリゼーションと呼んでいる。

 グローバル企業がオフショアリングを進める実態は、海上輸送航路の集約度を観察することでその様相を知ることができる。北の先進国間の海上輸送航路は夥しく集中しているのだが、南の途上国を結ぶ航路は希薄な状況にあることは、何を物語っているのだろうか。

 過去半世紀において「貿易費用」は下落傾向を示している。この貿易費用には、伝統的な貿易費用(関税や非関税障壁のような)に加え、輸送費と通信費が含まれる。輸送費の下落についての興味深い特徴に、遠距離仕向け地への費用がとりわけ大幅に下落している。

 最近の研究は、特化と貿易のパターンを決定する上で、貿易費用の重要性を重視してきた。新しい貿易論や経済地理学では、貿易費用の大きさは、企業がどこに立地するかを選択するかを決める上での主要な要因である。

 過去30年の長期データから、ハンメルスは、世界の海上輸送、航空輸送の運賃は、大幅に改善してきたことを観察する。(Hummels, David, JEP, 2007.)

 アジア経済の貿易に付随する関税率と貨物運賃については、2000年と2005年を較べると、関税と貨物運賃のレベルは大きく改善していることが分かる。また、2008年時点で、概してAPEC2010年評価対象13経済の平均関税率は、EUよりも低くなっている。APEC各経済とECのWTOにおける譲許税率と2008年時点における実行税率では、日本は、非農産品についての関税率は低いが、農産品にかかる関税は、ヨーロッパと較べても、はるかに高い水準にある。

 こうした付加的なコストが貿易費用と呼ばれ、企業がオフショアリングを進め、またグローバル・バリュー・チェーンと呼ばれる生産拠点展開を決定する上での障壁となる。それでは、アジア地域の途上国の市場は、グローバルに活動する企業にとってどれほど魅力的であろうか。国境を越えて企業活動を展開する上で、途上国経済では、その社会的なインフラが十分に整備されていないため、せっかくの生産資源や市場があっても、企業はその経済への進出に消極的にならざるを得なくなる。

アジア地域のインフラ整備における日本の役割

 アジア地域のインフラ整備のグランドデザインとして、155の国境を跨ぎ、14万キロに及ぶアジア大の規模で標準化されるハイウェー構想がある。これは、1992年にUNESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)により「アジア大陸輸送インフラ開発」として立ち上げられたもので、三つの柱からなる一つが、「アジア・ハイウェー」である。他に、「アジア横断鉄道構想」と、陸海空複合輸送ターミナルを通じた陸上輸送プロジェクト(dry and inland ports)である。(参考:アジア開発銀行「シームレス・アジアのためのインフラ」2009.)

 このようなハードなインフラストラクチャーに加え、国境を越えて市場を繋ぐために取り組まなければならない分野は広範に及ぶ。WTOは、オフショアリング費用の決定因についての国際比較を、運輸インフラの質、通信インフラの質、ビジネス遂行の為の制度の質、時間に関連した障壁という項目で評価している。世界の高所得国であるほど高い評価を得ている。(WTO「世界貿易報告書」2008年版)

 さらに、世界銀行によるデータベースには、「ビジネス遂行の容易さ」に関するランキングが各国別に評価されている。指標は、投資先経済におけるビジネス・プロセスに係る多くの要因(起業、建設許可、労働者の雇用、登記、融資、投資家保護、税金、越境取引、契約履行の強制力、事業終結)について評価している。因みに、2010年の米国と日本の総合ランキングで、それぞれ世界の中で4位と15位に位置する。こうした評価は、世界の中でのその経済の貿易や直接投資の拡大とリンクすることは言うまでもない。

 APECを構成する経済の経済発展水準(一人当たりGDPで測ると)の格差は、言い換えれば、インフラストラクチャーの格差でもあると言えよう。ハードな側面でのインフラ整備だけではなく、法制度や、雇用、人材育成といった面でのソフトな改革も発展への必須要件となる。

 対内直接投資の累積額の対GDP比率も、各経済が市場をどの程度開放しているかを示す指標である。APEC経済は、海外直接投資の誘致に大きく成功してきたが、この指標を比較する限り、他の構成経済と比べ、相対的に日本、中国、韓国、および台湾は開放努力が遅れている。加えて、APECは、EU及び世界平均よりも低い水準にとどまっている。残念なことに、日本はAPEC地域としての市場開放度の最下位に位置している。活力ある海外企業の経営資源を国内に取り込む努力が、APEC、とりわけ日本の市場改革努力が強く求められる。

 アジア太平洋地域における、経済的繁栄の為には、経済活動の障壁を軽減、撤廃するこうしたインフラストラクチャーを整備し、アジア規模でのシームレスな(繋ぎ目のない)統合市場を確立することが求められる。2010年11月横浜で開催されるAPEC首脳会議までの日本の議長国としての役割は、こうしたアジア大でのシームレス市場を整備することに対する実行の伴うリーダーシップを発揮することである。

 確かに、APECを構成する21の経済は、アジア地域だけに限定されない。米国などは、マレーシアを取りこむFTA(自由貿易協定)としてのTPP(環太平洋戦略的経済的パートナーシップ)の制度的枠組みを強化する動きを見せている。日本はアジア地域においてどのような軸足を定めることができるか、APEC会議日本開催にあたり、長期的視野からの姿勢が問われる時期を迎えている。

執筆者監修の教養番組「知の回廊」(「変貌する世界経済とAPEC -日本に期待される役割-」(第74回))新規ウインドウ

長谷川 聰哲(はせがわ・としあき)/中央大学経済学部教授
専門分野 国際経済政策、マクロ動学型産業連関分析
【経歴】
1948年北海道に生まれ。慶応義塾大学大学院博士課程(国際経済学専攻)修了。
拓殖大学助教授、ハ-バ-ド大学経済学部・同国際問題研究所、ブランダイス大学客員研究員、中華人民共和国陝西財經學院、北京大學、清華大学客員教授を経る。この間、財務省(大蔵省)税関研修所教官、財務金融研究所教官、国際基督教大学、横浜国立大学兼任講師を歴任。 現在:中央大学経済学部教授
【所属学会】
日本国際経済学会 American Committee on Asian Economic Studies(米国アジア経済研究学会)
環太平洋産業連関分析学会(PAPAIOS) INFORUM(メリーランド大学産業連関予測学会)
国際産業連関分析学会(International Input-Output Association)
【近年の主な研究業績】
『国際経済学』(共著)、東洋経済新報社、1997年。
『APEC地域主義と世界経済』(共編)中央大学出版部、2001年5月。
C.アーモン著『経済モデルの技法』(共訳著)日本評論社、2002年4月。
『アジア経済のゆくえ』(共著)中央大学出版部、2005年7月。
「グローバル社会の温室効果ガス排出削減の枠組み」『わが国経済の構造変化とCO2排出』第1章、国際貿易投資研究所、2010年3月。