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若林 茂則

若林 茂則 【略歴

字幕なしでハリウッド映画を見る方法

若林 茂則/中央大学文学部教授
専門分野 応用言語学、心理言語学、形態統語論

 「映画を字幕なしで見たい」というのは、多くの学生が口にする「夢」です。どうすれば実現できるのでしょうか。まず、映画の英語の聞き取りが難しいのはなぜかという問題からスタートし、難しさを克服するにはどうすればよいか考えていきましょう。

 リスニングが難しいのは「音が聞き取れない」「単語は聞き取れるけど、文の意味がわからない」「文の意味はわかるけど、何が言いたいのか分からない」などの場合に分けられます。リスニングという活動が、複数の心理的過程で出来上がっているためです。一般的に「音を単語に置き換える作業」「単語をつないで文を作る作業」「文の形を意味に置き換える作業」「文の意味を、会話の状況や一般常識と照らし合わせて、何が言いたいのかを理解する作業」が、連続して行われると考えられています。各作業で、単語や文法の知識が迅速かつ正確に、持続的に使用されなければなりません。

 まず、どの言語でも「書き言葉」と「話し言葉」は異なります。例えば、日本語の「ありがとうございます」や「おはようございます」は、実際には「あざぁーす」や「およーっす」と発音されたりします。「ありがとうございます」に含まれている「り」「と」「ま」や「おはようございます」の「は」「ご」「ざ」などを探しても存在しません。英語でも、例えば、Field(2009)はactuallyについて7種類の発音を挙げていますが、一番短い形は['æʃli](アシュリィ)で[k]や[t]の音は含まれていません。Are you all right?は、[jəɒ'rɑɪʔ](ユアラィッ)、Never mind!は[ne'main](ネマイン)で、綴りとは全然違います。実際の「音」は「文字」とは違うのです。「音の塊」を知らなければいけません。さらに、例えば、Would you likeとDo you likeは、通常の発音では、全く同じ音になります。実際のところ、区別は聞き手の頭の中で行われるわけです。

 ところで、映画の理解には単語がいくつ必要でしょうか。読書では95%の単語が分かれば、辞書を引かずに読めます(Laufer, 1989)。一般的な書物と同じ数必要だとすると、「辞書を引かずに」理解するのに必要な単語数は平均約一万語です(Cobb, 2009)。

 また、英語は日本語とは異なるリズムを持っており、弱く発音される部分は聞き取りにくく感じられます。そのような部分は意味的には重要ではないので、聞かなくてもいいという考え方もありますが、実際そうでしょうか。母語話者の場合、実際には聞こえていない場合でも、頭の中で補いながら文を作り上げていくと考えられています。パターンに当てはめていくと考えてもいいでしょう。つまり、聞き取りやすく発音されないのは「聞こえなくてもわかるから」ということになります。私たちの場合も、聞こえなくても分かるように準備しておく必要があります。

 さらに、英語を長時間聞き続けていて、ある時点から、英語は分かるけれども、意味が頭に入ってこなくなったという経験のある人もいるでしょう。英語の音を聞いてそれを理解していくという作業は、普段英語をあまり使わない人には大変な作業です。英語を聞き続けるためには「持久力」が必要です。

 したがって、ハリウッド映画を見るためには、よくある言い回しの「音の塊」を知り、約一万語の単語の「音」といくつもの文のパターンを覚え、「持久力」を身につけなければなりません。音声面でも、語彙面でも、文法でも、英語とかけ離れた日本語を母語とする私たちにとって、そのようなことは、普通に考えれば、不可能です。私を含め、何年も留学し、英語を使って不自由なく日常生活を営める人であっても、初めて見た映画を、字幕なしで、まるで日本語で映画を見ているように理解できる人はほとんどいないと思います。

 しかしそれでも挑戦したい。できるようになりたい。「ハリウッド映画を字幕なしで見る」ためにはどうすればいいのでしょうか。それには、まず、1本、字幕なしで観賞できる映画を作る必要があります。

 村野井(2006、p. 102)は、映画を使った英語学習法を紹介しています。出てくるフレーズを自分自身でチェックしながら、映画を視聴していく勉強法です。ここでは「ゴースト ニューヨークの幻」(1990年ジェリー・ザッカー監督)を使っていますが、例えば、ここで紹介されている大学生は、10分の間にI’d never get over that. (私だったら、そんなことは耐えられない)のような言い回しを8つ抜き出しています。こういう表現を知らなければ、映画を日本語で見るように理解することは無理ですから、一つ一つ理解して覚える必要があります。(リーディングでは知らないフレーズや単語に平均10回出会うと、その単語を覚える(Zahar, Cobb, and Spada, 2001)ので、無理して覚えなくても、おそらく10回確認すれば勝手に覚えてしまいます。)DVDで英語字幕も日本語字幕も出ますからそれを使ってもいいし、英語教材用に編集されたものも売られています。

 「字幕あり」で理解できなければ「字幕なし」では理解できません。「字幕なし」で挑戦してからでもいいのですが、お勧めは、まず「字幕あり」で見て、台詞やナレーションを確認し、知らない表現を書き留めていくことです。これを1本の映画全体を通してやる。そのあと、その表現集を参考にして、字幕を見ながら、意味や音を確認しつつ映画を何度か見ましょう。そのあと「字幕なし」で見てみてください。時間とエネルギーがかかりますが、「字幕なしでハリウッド映画が見る」ことができるはずです。理解できなければ、もう一度「字幕あり」で理解できなかったところを確認し、またそのあと「字幕なし」で見ます。

 「何だ、大変だし、時間がかかるなぁ」とお思いになるかもしれません。しかし、まず1本理解できなければ、結局1本も理解できません。子供に同じ絵本を何度も読んで聞かせると、文字の分からない子供でも、本のセリフを全部覚えてしまって、まるで読んでいるかのように「読む」ことが可能になることがあります。それと同じように、まずは、映画一本、自分のものにしてしまわなければなりません。そうしなければ、やっぱり「夢」は「夢」で終わってしまいます。

 映画を選ぶには、内容が面白いことが何より大切ですが、英語の難しさが映画によって異なることに注意が必要です。聞きやすいのは子供でも見ることができる映画です。聞けるようになるだけではなくて、話せるようになりたいのであれば、素敵な台詞が沢山出てくる映画が良いですね。その役になりきって、鏡に向かって何度か実際に口に出して言ってみてください。とっさのときに口から出てくるかもしれません。そうなれば、もはや、あなたの英語は(たまに)ハリウッドスター並みです。

主な参考文献

Field, J. (2009), Listening in the language classroom. Cambridge University Press.
村野井 仁 (2006),『第二言語習得研究から見た効果的な英語学習法・指導法』大修館書店

若林 茂則(わかばやし・しげのり)/中央大学文学部教授
専門分野 応用言語学、心理言語学、形態統語論
1962年生まれ。ケンブリッジ大学英語応用言語学研究所博士課程修了PhD(学寮はクレア・ホール)。大学卒業後、高校教師を経て英国留学。群馬県立女子大学教授を経て現職。専門は生成文法に基づく実証的理論的第二言語習得研究だが、英語教育にも活発に取り組んでいる。
主な著書に『英語教育用語辞典』『英語習得の常識・非常識』(以上大修館書店)『詳説 第二言語習得研究』(研究社)『第二言語習得研究入門』(新曜社)Generative Approaches to the Acquisition of English by Native Speakers of Japanese (Mouton de Gruyter)、論文には、Lexical learning in second language acquisition: optionality in the numeration. Second Language Research, 2009. などがある。現在、日本第二言語習得学会事務局長。