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森信 茂樹

森信 茂樹 【略歴

抜本的税制改革議論の進め方

森信 茂樹/中央大学法科大学院教授
専門分野 租税法

参議院選挙と消費税議論

 参議院選挙の争点は、消費税問題であった。現在の危機的な財政赤字問題や、高齢化する我が国の社会保障を安定的なものにするためには、我が国の税負担を増加させざるを得ない。国民所得に占める税と社会保険料負担の割合を見ると、スウェーデンやフランスは60%を超えており、ドイツ、イギリスも50%前後であるのに、我が国の割合は40%を切っている。このような低い負担でヨーロッパ並みの福祉を行うことは難しい。

 そこで、消費税率の引き上げ問題が一気に選挙戦に浮上してきたのだが、増税は簡単ではない。なぜなら、「まずは無駄の排除が先決」という正論が優先するからである。しかし、価値観が多様化して生きている今の世の中、ある人(地方)にとっての無駄は他の人(地方)にとっては有益な事業であることも多くある。なにが無駄かを仕分けることは簡単ではない。私自身、第2次仕分け人として、独立行政法人の仕分けを行ったが、無駄とそうでないことを見分けることの難しさを、身をもって体験した。いずれにしても、高齢化に伴う社会保障費用は、制度をそのままにしても毎年1兆円以上伸びていく状況にあり、歳出削減による増収とはケタが2つ3つ異なる。

 そこで、無駄の排除と同時並行して、歳入を増やすための議論、消費税率引き上げの具体的な議論を開始する必要がある。今回の参議院選挙で、そのことが大きな話題となり、税制改革の必要性がマスコミで大きく取り上げられたことにはそれなりの意義があった。

税制改革は、所得・消費・資産のバランス

 税制改革は何も消費税率の引き上げだけではない。所得税・消費税・資産税(相続税等)のバランスのとれた税体系を構築するという視点が重要だ。所得税、消費税、資産税には、それぞれ次のような長所・短所がある。

 所得税は、所得の多い人からより多くの税負担を求める垂直的公平に優れている。しかし、累進構造による負担増が勤労意欲や事業意欲を阻害するおそれがあり、また、所得の正確な捕捉の困難性(いわゆるクロヨン)や、グローバル経済下で資金逃避が生じるという問題もある。

 消費税は、水平的公平性(同じ所得には同じような税負担)に優れており、貯蓄に課税しないので経済への負荷が少ないという長所があるが、逆進性(低所得者ほど負担割合が高)が政治問題になりやすい。

 資産税は、富の再分配を通じた資産格差の是正が可能になるという点やフローの経済活動への影響が少ないというメリットがあるが、土地等資産価格の評価が難しいというデメリットがある。

 そこで、適切に組み合わせながら、全体としてバランスのとれた租税体系を構築する必要があり、望ましい税制改正の姿として、以下のようなものが考えられる。

 格差・貧困問題への対応は、所得税と社会保障を組み合わせて対応する。格差には「上に向かう格差」と「下に向かう格差」があるが、後者は、わが国にこれまでなかった貧困の問題を生じさせており、米・英等で導入している、「一定所得以上の勤労所得のある者に対して一定額の税額控除を与え、控除し切れない額は給付する」という給付付き税額控除の導入である。

 格差の固定化を防ぐ観点からは、相続税の課税ベースを拡大することも検討課題となる。わが国の相続税は、死者100人に対して約5人しか課税されず一部資産家のみを対象とした制度となっているので、少し広げる必要がある。

 わが国の法人税は先進諸国と比べて10%ほど高く、わが国企業所得の海外流失につながっている。そこで、課税ベースを拡大しつつ税率を引き下げていく必要がある。我が国の企業立地を魅力的にすることで、高齢化に必要な税源を生み出す企業を日本に残すとともに外国からも呼び寄せることが必要である。

社会保障の中身と合わせて議論を

 では冒頭述べた財政問題はどうすればよいのか。「強い財政」実現のためには、消費税を中心とした税負担の増加が必要とならざるをえない。しかし、財政強化のために増税を、といってもすんなり受け入れてくれるほど国民は甘くはない。国民が、税負担の増加を受け入れるためには、次のような条件が達成される必要がある。

 マニフェストの徹底的な見直しや、社会保障制度、地方交付税制度、公務員制度などを見なおすとともに、消費税を引き上げて国民が安心するどのような社会保障制度を作るのか、その具体案と選択肢を提示する必要がある。政府は国民の購買意欲をそそるような社会保障制度(サービス)を複数提示して、値段(消費税率)も提示する。国民は、その値段(消費税率)を見て、買うか買わないか判断するという手法をとってはどうか。

 税制改革とは、人々の負担の増減を通じて構造改革を行うものである。そこでは、かならず負担の増減が生じ損得が生じる。しかしこれを恐れていては、改革はできない。民主党政権に期待するもの、それは、国民に苦い薬を飲んでもらうよう説得をする力である。

森信 茂樹(もりのぶ・しげき)/中央大学法科大学院教授
専門分野 租税法
1950年広島県生まれ、法学博士(租税法)。1973年京都大学法学部卒業後、大蔵省入省。1998年主税局総務課長、1999年大阪大学法学研究科教授、2003年東京税関長、2004年プリンストン大学で教鞭をとり、2005年財務総合政策研究所長、2006年財務省退官、2007年中央大学法科大学院教授、ジャパン・タックス・インスティチュート(japantax.jp)所長、東京財団上席研究員。この間東京大学法学部客員教授、コロンビア・ロースクール客員研究員。著書:『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『日本が生まれ変わる 税制改革』(中公新書ラクレ)等、編著『給付つき税額控除』(中央経済社)