Chuo Online

  • トップ
  • オピニオン
  • 研究
  • 教育
  • 人‐かお
  • RSS
  • ENGLISH

トップ>オピニオン>新しい公共を模索するアメリカの若者

オピニオン一覧

目加田 説子

目加田 説子 【略歴

新しい公共を模索するアメリカの若者

目加田 説子/中央大学総合政策学部教授
専門分野 国際政治学、NGO論

 アメリカの大学生に人気ナンバーワンの就職先はどこか?

 文系では、グーグルやアップル社といった名だたる企業をしのいで、公教育を支援する非営利組織(NPO)「ティーチ・フォー・アメリカ(Teach for America=TFA)」が今年の1位となった。 TFAは、ある女子学生の卒業論文をきっかけに生まれた。

 プリンストン大学の4年生の時、ウェンディ・コップさんは、収入や人種によって生じる教育格差は社会で最大の不平等であり、そうした世の中を変えるために同世代の若者たちはより大きな責任を果したいと思っているに違いないと考えた。そして、若者のエネルギーと理想主義は最も恵まれない子どもたちの人生に影響を及ぼすことができ、何より長期的に見れば様々な分野で活躍するリーダーが若いときに貧しい地域で教えた経験を有したならば、この国は間違いなく変化するだろうと考えた。 アメリカの教育格差は深刻だ。低所得者が集中するコミュニティでは、10人のうち一人しか大学を卒業できない。こうした地域出身の子どもたちは、小学校4年生に達する段階ですでに富裕層の同世代の子どもたちに比べて学力が2-3年劣っている。そして18歳になっても半分の子どもたちが高校を卒業することができず、卒業できたとしても富裕層の子どもたちの8年生(中学2年生)程度の学力しか身に付けていないのが現実だ。教育格差は不平等という倫理的な問題を孕む一方、民主主義を弱体化させ、国にとっても膨大な経済的コストとなっている。

 そこで、ウェンディは卒業論文でTFAを立ち上げる構想をまとめた。当初は、ウォール・ストリートが必死に優秀な若者をリクルートするのと負けないほどの熱意で、政府こそが最も貧しい地域で教える優秀な若者をリクルートするべきだと考えていた。そのために米国の教育格差を是正するための教員集団「Corps(集団)」を立ち上げるべきだと思い、当時の大統領宛に手紙を書いた。しかし職探しの手紙と誤解され、ホワイトハウスより「不採用」の通知が届いた。そこで、ウェンディは21歳にして自らTFAを立ち上げることを決意したのである。

 しかし、卒業論文の指導教員は初年度の必要経費250万ドルの予算を見て「2,500ドル集めるのだって大変なのに、250万ドル等の資金調達など出来る訳がない」と言って、彼女のことをクレイジーだと切り捨てた。しかし、ウェンディは資金を拠出してくれそうな助成財団や企業宛に手紙を書き、250万ドルを集めて1990年にTFAを立ち上げた。

 その際、彼女がモデルとしたのが「Peace Corps(PC)」だ。PCはJFケネディ上院議員(当時)が、ミシガン大学の学生に途上国で暮らし働きながら国に仕えようと呼びかけたことに端を発し、その後連邦機関として世界平和と友好のための活動が開始された。1960年に立ち上がって以来、これまでに20万人を超えるボランティアが139カ国で感染症対策から情報技術、環境から教育まで様々な分野で活動している。

 TFAもPC同様、参加対象は大学・大学院を出たての若者や数年の職業経験のある優秀な若者だ。数ヶ月の専門訓練を施し、2年間に限って全米の最も生活水準が低い地域の学校に派遣する。賃金は都市と地方等赴任先によって差があるが、一般企業の初任給と大差ない額が支給される(3万ドル~5万ドル前後)。派遣先は小学校から高校まで様々だ。

 初年度には500人の男女が6つの最も低所得地域で教え始め、現在では7300人の教師が35の街で教育にあたっている。TFAの経験者は、そのまま教員となることもあるし、弁護士や医者、教育委員会のような行政機関で職を得る者もいる。すでにTFAの経験者は2万4千人に達するが、2010年には派遣先を増やし、十年以内には8万人のCorpsのネットワークに発展させる予定だ。 米国には、TFAのようなNPOが約140万団体もある(年収5千ドル以上の連邦所得税非課税法人の登録数)。一方、日本で特定非営利活動促進法(NPO法)に則って設立されたNPO法人は39,893団体(2010年4月末現在)で、その内非課税扱いの認定NPO法人に至っては149団体である(2010年6月16日現在)。日米間には、約1万倍の開きがある。

 また、こうした非政府・非営利活動を支える費用にも大きな差がある。米国の助成財団による助成金の合計額は約2兆7千万円なのに対し、日本は約600億円。個人の寄付額は、米国が23兆円なのに対して日本は220億円で、約100倍の開きがある。日米間では人口が倍以上、GNPも約3倍の開きがあるので一概に比較するには無理があるだろう。文化や風土、なにより建国の歴史・経緯の違いもある。しかし、それでも日本の寄付・社会貢献費は桁違いに低い。色々な理由があろうが、一つには寄付を促す税制が未整備という問題がある。

 今年1月、鳩山首相(当時)は所信表明演説で「新しい公共」という考えを示し、円卓会議を立ち上げた。鳩山首相が「新政権の真髄」とまで表現した「新しい公共」とは、従来は「官」がほぼ独占的に担ってきた公共部門を、NPOのような市民主体の組織や民間企業が担うことを表す。背景には、政府が財政難で行政サービスが壁にぶつかっていること、多様化する需要に行政では対応しきれないこと等の理由があるが、それ以上に市民も企業も自由な着想からオール参加型社会を紡ぎ、問題解決へと協働作業を進めようという考えがある。菅政権になっても、参議院選挙に向けて民主党が発表した新マニフェストで「新しい公共」は継続することが明記されている。

 日本では、NPOは志の高い人たちが手弁当で行う無償の奉仕活動という印象が強い。しかし、実際にはTFAのように極めて専門性が高く責任の重い仕事を担っているNPOもたくさんある。政府税制調査会は4月、税額控除の導入を決め、当時の鳩山首相は寄付の半額分を減税するという考えを示した。例えば10万円寄付した場合、寄付金の半分の5万円が還付される計算になる(ただし所得額の25%が上限)。実現すれば、日本の寄付文化に画期的な転機となるであろうし、何よりNPOの財政難解消の一助になることも期待される。

 そして、TFAほどの成功物語にならないまでも、日本でも社会的課題の解決に取り組むNPOを立ち上げる学生が生まれる可能性も高まるかもしれない。いつかは、学生の就職先ナンバーワンに選ばれるようなNPOが育ってくれることを切望している。

目加田 説子(めかた・もとこ)/中央大学総合政策学部教授
専門分野 国際政治学、NGO論
静岡県生まれ。上智大学外国語学部卒業、ジョージタウン大学大学院にて修士号取得後、NPOやテレビ局に勤務。その後、コロンビア大学大学院を経て大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了(国際公共政策博士)。東京財団研究員、経済産業研究所研究員、関西学院大学、東京大学、早稲田大学等の講師を務め、2004年から中央大学総合政策学部教授。著書に、『地雷なき地球へ』(岩波書店、1998年)、『地球市民社会の最前線――NGO・NPOへの招待』(岩波書店、2004年)、『行動する市民が世界を変えた――クラスター爆弾禁止運動とグローバルNGOパワー』(毎日新聞社、2009年)などがある。