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スティーブン・R・リード

スティーブン・R・リード 【略歴

政権交代は何をもたらしたか?

スティーブン・R・リード/中央大学総合政策学部教授
専門分野 政治学

 2009年8月の総選挙では、1955年から万年与党であった自民党は民主党に破れ、民主党は歴史的な政権交代を成し遂げた。自民党は1993年にも下野したが、負けたのが弱体連立政権であったため、簡単に政権を奪い返した。昨年の政権交代は、自民党と対等に争える民主党の勝利であったため、日本の二大政党制の完成を意味する、より本格的な政権交替であったといえる。

 しかし、「何も変わっていないではないか」と民主党政権に絶望している有権者も大多数いる。民主党政権は確かに期待はずれであるが、その期待の非現実性にも問題がある。むしろ民主党政権ではなく、政権交代の効果そのものに注目すれば、日本の政治は理論通りに変わりつつあることが分かる。今回の菅政権が成功しようが失敗しようが、日本の政治は変わり続ける。少なくとも三つの変化がそこから見えてくる。則ち、(1)透明度、(2)政官関係、(3)割れた組織票、がそれである。

透明度

 万年与党体制はもみ消し天国となる。野党は情報を入手しにくく、与党は自らの失政となる情報を公開しない。しかし、政権交代によって、新政権には前の政権の失政を公開する動機も権力も生まれてくる。

 典型的な事例は自民党が一貫して否定し続けた核密約であるが、もっとも大事な事例は、行政刷新会議による事業仕分けである。いろいろ批判されてはいるが、誰の目から見ても、無駄な事業を多く廃止したといえよう。何より、事業仕分けの情報は完全公開されている。民主党は、野党時代に官僚から情報を引き出すための苦労を忘れず、いつかまた野党になる覚悟で、情報公開をどんどん進めていくはずなので、もみ消しが困難な体制が自ずとできてくる。自民党が再び政権与党の座を手にする頃には、もみ消しはできなくなっているだろうし、むしろ自民党は、民主党政権の失政を公開したいと願うに違いない。

政官関係

 2009年総選挙中に、政権交代があれば、官僚の抵抗が大きな問題になると広く予測されたが、民主党政権が誕生してからは、官僚が民主党に責められている報道の方が多かった。実際のところ、政治家が官僚をコントロールするのは意外と簡単である。与党が官僚に対して一貫した指導をすれば、官僚は抵抗ができない。一貫した指導というのは、与党が一声で政策を進めることである。

 万年与党時代には、首相や大臣が変わるたびに政策が変わった。政権交代がなかったので、政策転換は首相交代や内閣改造によって引き起こされ、政権交代の代わりに機能していた。その結果の一つとして、官僚が抵抗すれば、政策実施しなければならない前に首相や大臣が変わり、政策を実施しなくても済む仕組みになっていた。万年与党時代の自民党は、政党本位よりも候補者本位という「自由な政党」であった。「自由」というのは、代議士は一人ひとり自分なりの政策を進めてもいいということであり、官僚に対しても多様な声を伝えられる、ということである。

 二大政党制になってからは、政党間の政策論争と政党本位のマニフェスト選挙が中心となる。民主党は長い野党時代にマニフェストについて議論し、党の政策を作った。民主党政権は以前よりも官僚に対して、強い発言力を持って政策を進められるようになっており、大臣とともに、副大臣二人と政務次官をチームに加え、各省庁に送り込んだ。さらに、そのチーム以外の代議士が官僚に直接接することを禁止している。チームも自分なりの政策ではなく、マニフェストの政策を進めることで、一貫した指導を官僚に伝えている。

組織票

 万年与党体制では、利益団体は、与党の政策に賛成していなくても、支持する必要があった。大事な政策論争は自民党内でなされるので、自民党を支持しなければ、政策決定過程の発言力がなかった。

 例えば、2001年参院選挙の特定郵便局長の政治連盟であった「大樹」は、当時の小泉総理の郵政民営化政策を猛烈に反対した。二大政党制では、自民党の政策を反対すれば、民主党を支持するはずだが、万年与党体制の意識で、大樹が逆に自民党内の発言力を強化するために、自民党の比例区公認候補者を支持した。大樹の団結と集票力を見せつけたら、発言力が強まると考えたが、結局、選挙違反で逮捕される結果になった。

 二大政党制では、選挙後の政権与党が支持政党とは限らないので、選挙中に一党だけを支持すれば、選挙結果によって、発言力がなくなる可能性がある。一党に的を絞って支持するよりも、どちらが勝っても、発言力を保てる選挙戦略を立てる方が得策となる。よって、二大政党制では、組織票は割れるものである。2009年総選挙中には、自民党が必ずしも勝てないかもしれないという認識が広がると、民主党に近づく団体が増えた。そして、政権交代後、その動きは加速している。

逆戻りがない

 この変化は、二大政党制と政権交代がもたらしたものであり、選挙制度を変えない限り、これから10~20年続くと思われる。次の政権交代で、自民党が政権に戻っても、もみ消し天国には戻せない。逆に、野党を経験したせいで、自民党は情報公開に賛同するはずである。民主党よりも、政治主導を実現する公約をかかげる可能性もある。そして、利益団体は一党支持に戻るわけがない。政権交代がもたらした変化には逆戻りがないのである。

スティーブン・R・リード/中央大学総合政策学部教授
専門分野 政治学
1947年4月4日、アメリカ、インディアナ州生まれ。ベトナム戦争当時に兵役の関係で来日し、九州で日本人と結婚。帰国後の1979年、ミシガン大学大学院政治学研究科博士課程修了。その後、アラバマ大学専任講師、ハーバード大学・アラバマ大学准教授、アラバマ大学教授を経て、1993年より、中央大学総合政策学部教授。著書に、『比較政治学』がある。